【前回の記事を読む】試合終了間際、ノーマークで走り込んだ瞬間「バギバギッ」と不気味な音が鳴り響いた――相手のスパイクが自分の胸に直撃し……
Chapter2 HERO
丁度、明るい太陽の下から急に暗い部屋に入った時のように、黄色い大きなドーナツ状の光の輪が三つも四つも重なり、目前の味方と敵が現れては消え、消えては現れる。
もちろんスタンドの佳緒里を見つけることはできない。
恭平は、例の『下唇を噛み』『眉間に皺を寄せ』『目を細める』仕草を、この時ばかりは真剣に繰り返し、親指と人差し指で目頭を強く押さえ、大きく深呼吸しながら味方のゴールに向かってゆっくりと歩いた。
「本川さ~ん、頑張って!」
再び古田の叫び声が恭平の背に届き、主審がホイッスルを吹いた。
キッキングの反則によって得たフリー・キックは、ペナルティー・エリアのすぐ外。
絶好のチャンスを迎え、慎重にボールをセットし、ゴールを見据えながら後退する高宮の背を見つめ、恭平は絶望的な予感を懸命に打ち消そうとしていた。
高宮って奴は、リラックスしている時は間違いなく素晴らしいプレーヤーだ。しかし、妙に意識した時の彼は全く平凡な、並みのプレーヤーに変身してしまう。
普通なら緊張するほどに力が入り、動きがギクシャクしたりするものだけど、可笑しなことに彼の場合は、緊張する程に精神も身体も弛緩してしまう。
そして、今の高宮が、そうだ!
恭平の負傷というアクシデントにより瞬時、勝ち負けから関心が離れ、再び本来の勝負の世界に引き戻された今、点差は一点。スポット・ライトは高宮に注がれている。彼がゴールを決めれば、鯉城高校が俄然有利になる緊迫した場面。
しかも高宮は、この試合に大学入試の意味合いを色濃く感じているのだから、緊張するなと言う方が無理だ。
その証拠に高宮は、平常の彼が感じさせるムッとした厭らしい程の男の灰汁(あく)が消え、迫力に欠けた青白い受験生がプレーしているみたいだ。
「高……」
高宮の名を叫ぼうとしたが声にはならず、恭平の胸を刺す針となって返ってきた。高宮のそんな性癖など知らないテレビのアナウンサーは、きっと好い加減な台詞を得々と喋っているに違いない。
「さあ、鯉城高校は願ってもないチャンスです! 得点は一対〇。本川君の反則で失った一点ですが、今度は本川君の体を張ったプレーによって、大きなチャンスを得ています。
キッカーはキャプテンの高宮君。広島県を代表する超高校級のプレーヤーとして注目を集めている高宮君は、落ち着いてボールをセットし、背を屈めて五歩・六歩と後退します。
胸を張って大きく深呼吸しています。抜群のキック力を持つ高宮君です。この距離なら直接ゴールを狙うでしょう。さあ高宮君、走った! 蹴った!
あっ、いけません! 蹴ったボールは大きくゴールの上を越え、スタンドの金網にダイレクトで当たりました。高宮君、手を挙げてチーム・メートに詫びています。本川君は、大きく項垂れています。
さあ、残り時間は十分を切っています。鯉城高校は、何としても一点が欲しい」
恭平は項垂れていたのではない。
「悪りい、悪りい」なんて緊張感のない高宮の詫び方に、思い切り腹を立てていたのだ。(せめて同点にしておかなければ、胸の痛みはどうなるんだ! タオルも巻けず負けるなら、タオルで首吊って死んだ方がましだぞ! そうだ、大学入試はどうなるんだ!?)
恭平はもう、ボールを蹴る体力も気力も失っており、飛んでくるボールを頭で止めるか、サイドキックで一番近くの味方(……と思しき人影)に繋ぐだけで精一杯だった。そして、終了間際に一点を追加され二対〇でゲームは終わった。