【前回の記事を読む】70歳でトライアスロンに初挑戦! 水泳ではクロールすらできなかった私を変えたのは、“ある人物”との再会だった……

始まりは自転車

時代劇の撮影でも有名な流れ橋(上津屋橋)。激流で流されても元に戻せるようワイヤーでつながっている。

その頃、我が家では、夫がロードバイク(ドロップハンドルのスポーツ自転車)でのサイクリングを一人で楽しんでいて、トライアスロンをしている友人が乗っているのと同じタイプの自転車がたまたま自宅にあった。

定年退職後から、ダイエットでもしようとスポーツジムへ通い始めた頃だった。岩橋さんと共通の友人宅のパーティーの席で、岩橋さんが「小島さん、宇治に住んでいるのなら八幡まで近いでしょう? 自転車で一度おいでよ」と誘ってくれたのだった。

“そりゃ、大阪の吹田から来るよりは近いけどね”と、少しその気になり始めた。

当時、岩橋さんたちは毎週金曜日が練習日で、吹田から流れ橋まで往復約60kmを走っていた。

「私も一度行ってみようかな?」と、夫にサイクリングロードを案内してくれるように頼んだ。夫はロードバイクには乗っていたが、トライアスロンとは無縁で、自転車競技のレースに出ることもしない人だった。

プラッと行きたいところに自転車で行くというスタンスで、よく一人で出かけていたが、スピードを競うローディー(ロードバイクに乗る人)ではなかった。

それでも、サイクリングロードはよく知っていて、先導してくれた。サイクリングロードというのは、川沿いの堤防に造られた人と自転車のための道で、モーターバイクや車が来ないので安全である。

夫は、セカンドサイクルとでも言おうか、街乗り用のクロスバイクに乗り、スイスイ前を走る。

私はサドルを下げてもらい、夫に借りたロードバイクで走っていた。自転車と言えば、いわゆるママチャリしか経験がない素人の私は、必死でペダルをこいでも夫に追いつけなかった。後ろを気にはしてくれていたけれど、遅すぎる私に辟易し、かなり放っていかれた。