如月夢太郎は東京理工科大学薬学部教授で五十八歳、細胞生物学では海外でも名の知れた研究者である。特にエンドサイトーシスという体の機能を利用して分子量の大きい物質を効率よく細胞内に取り込む画期的なシステムを開発し、世界から注目を集めていた。
微生物等を利用して生体内でタンパク質を製造する技術で生み出されたタンパク質医薬品や、DNAやRNAが十数個から数十個鎖状に繋がった化学合成により製造される核酸医薬品等を効率よく細胞内に輸送することにより、アルツハイマー型認知症や先天性の遺伝子異常、或いは遺伝子欠損によって発症する難病や希少疾病に対する薬物療法として応用され数々の成果をあげている。
見上げると大分陽(ひ)が昇ってきた。人工知能(AI)時計で時間を確かめると既に十時を過ぎている。
いけない、到着まで三十分を切ってる。如月はいそいそと萩城跡指月(しづき)公園を目指して萩城趾線(山口県道二九五号線)を東に向かう。右手に萩八景遊覧船乗り場を望むと間もなく井上剣花坊(いのうえけんかぼう)句碑が見えてくる。
十字路を右に折れると、左右を高い土塀で囲まれた堀内地区の鍵曲(かいまがり)にでる。そこを鍵の手に曲がると目指す指月公園は目と鼻の先だ。
待合せ場所である城の内堀に架かる橋の手前に着くと、老夫婦が萩城趾石碑を背景に写真を撮っている。如月は声掛けをして二人のスナップ写真のシャッターを切ってあげた。他に友だち同士と思われる三人の若い女性が着物姿で日傘をさして橋を渡っていたが、土曜日にしては余りに人通りが少なかった。
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