さらに、古来男系継承が行われていたとする固定観念を取り払って、記紀の「神代の巻」をひもとけば、そこには双系社会が描かれている。
国生み神話の冒頭から、伊邪那美が伊邪那岐にプロポーズする。
父系社会ではありえない描写である。
女王卑弥呼、さらに台与が治めた邪馬台国も双系社会であろう。
詳しくは後述するが、『魏書』巻三十「烏丸鮮卑東夷伝」の倭人条(いわゆる『魏志倭人伝』)にそれをうかがわれる習俗の記述もある。
これまでは見落とされていたが、このように『日本書紀』「神代の巻」、『魏志倭人伝』、そして「神功皇后記」を見ていくと、十五代応神天皇から四十九代光仁天皇まで「双系社会」が続いていた理由がわかる。
すなわち、邪馬台国~応神天皇・神功皇后~光仁天皇は、同一の王朝だったのである。
これまでも、応神天皇の孫・履中天皇以降兄弟相続となることは知られていたが、その理由が説明できなかった。
これは、天皇家が神武から仲哀までの男系社会を終え、神功皇后・応神天皇が持ってきた、「双系社会」に変革したことを意味している。
「倭国特有の双系継承社会」には、男弟がかかせない。
双系継承は、基本直系継承であるが、天皇は、現代の同族会社の社長と同様、経験・スキルを要求され35歳〜40歳になるまで即位できない。
その間天皇を務め皇后を支えるのが天皇の男弟の役割である。
卑弥呼と男弟は卑弥呼の夫の弟で卑弥呼を支え天皇の役割を果たしたと推定される。
履中天皇が亡くなって即位した反正天皇が正に男弟であり、「倭国特有の双系継承社会」の一員であることを示している。
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