プロローグ
夜の海が、底の方から轟々と鳴っていた。
ボートが岸を離れ、どれくらい経つだろう。
一隻に十人。二隻で合計二十人。乗り込んでいるのは六十五歳を過ぎた熟年の男たち。どの顔も逞しく、日に焼け、潮に晒され、汗と疲労で汚れていたが、目は死んでいなかった。
彼らはボートの左右に座し、自分に任されたオールを一心に操(あやつ)っていた。
轟々という音は、いつまでも続いた。そのうちに誰も気にとめなくなったが、元漁師だという乗員だけが首を傾げた。
――普通の海鳴りとは違う。
「おい」
元漁師は皆に何かを伝えようとした。その時。
突然、闇の奥から烈光が差し掛かり、ボートを真っ白に照らし出すと、反対側に抜けていった。
闇の中で空気が張り詰める。
――見つかったか?
さっきからの海鳴りは、エンジン音に違いない。
元漁師は眩んだ目をグッと凝らし、仲間の乗るもう一隻のボートに目を遣った。しかし、その姿はどこにも見えなかった。
「……やられたか」
残された十人が呆然としていると、再び光がボートを掠めた。先方がサーチライトでこちらを捜しているのは明らかだ。ぼんやりしていたら、この船も消されてしまう。
乗員たちは船を捨て泳ぐことを決心した。
十人は、右も左も分からない真っ暗な海上に浮かんでいた。やがて、一人が斜め上を指差して言った。
「こっちだ」
「なぜわかる」
「星の位置から方角が分かるんだ」
九人が見上げる。夜空には満天の星が輝いていた。
「星が読めるとはな。お前さん、親父が漁師だったのか?」
「そうだよ」、男は苦笑した。
「この年で、親父に助けられちまったな」
男は亡くなった父を思い出した。