青年となった父は、北海道帝国大学に入学。卒業後は旧農林省の札幌地方局に入省し、その後、希望して樺太庁に移った。当時としては、将来を約束された出世コースを歩んでいた。
父の祖父の慎(まこと)(私の曽祖父)が 40年かけて開墾した〝樺太一〟とも言われた牧場は東京ドーム43個分の広さがあった大牧場だった。牛乳は地域一帯で広く販売された。牧草は宮内省、東京競馬会の他、西園寺公厩舎、山縣公厩舎、徳川農場、それに軍部にも納入した。
襟巻をつくる「養狐業」も順調で、毎年100枚くらい生産して、三越や白木屋に販売していたそうだ。当時の日本で、畜産業は、まだ珍しく、最先端の経営であった。〝働く人にも優しい牧場経営〟として「樺太日々新聞」が5回にわたる連載で取り上げている。
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