第一章 注射にしますか、お薬にしますか?

レンギで腹切る血の涙

タラ(鱈)という魚がいる。
漢字で魚ヘンに雪と書く。雪の降る寒い頃に北国で捕れるからである。

末広恭雄著『とっておきの魚の話』の中に「タラはまたの名を、大口魚と言う。口が大きいばかりでなく、その胃袋も大きい。氏はこれまでに何百匹ものタラを解剖したが、ある時はその胃の中に五、六匹の大蟹(おおかに)、タコ、それからカレイの頭が既に半分ほど消化している光景を見て、タラの貪食ぶりと其の消化力の猛烈さに驚愕(きょうがく)した」とある。

古くから、思いっきり食うことを「タラ腹食う」と言う。
このようにタラの大食いはずっと昔から知られていたのである。

ところがタラはその大食いなるが故に、魚でありながら我ら人間と同じように胃潰瘍(いかいよう)になるそうである。

まあ今節カニも高価になって、一匹が数千円から1万円以上、そんなカニを五、六匹、タコも踊り食いで頭から。カレイはとれとれの産地直送だから、社長や殿様でもあるまいに、毎日こんな贅沢(ぜいたく)な食生活をしていればタラでなくても胃潰瘍ぐらいにはなるだろう。

日本消化器病学会で「タラの胃潰瘍発生」と題する研究発表をしたのは、北大の野田信茂博士だそうであるが、『家庭医学事典』に、胃潰瘍は人間だけに見られる病気で、他の動物には起こらないと書いてある。

そもそも胃潰瘍とは自分の胃から分泌する消化液で、自分の胃壁を消化した状態である。胃液にはたんぱく質を消化する強い作用があり、たんぱく質でできている胃壁が消化され傷つく現象である。

されば胃壁はそれに対して何らかの防御をしなければならぬ。即ち胃壁の表面に防護粘膜を張るが、この防護粘膜に部分的な欠損をきたすと、この部分に自己消化現象が起きて胃壁に傷が付く、これが胃潰瘍なのである。

では何故に防護粘膜細胞の部分的欠損が起こるのか、その原因は未だ不明だそうで、精神的ストレスを原因とする説が今のところ有力らしい。

海底数百メートルに住む大食漢タラに如何なる精神的ストレスがあるのか諸先生方のご説明を頂きたいものだ。