運ばれてくる瀕死の重傷者
その日の午後になると、Mたちが借りていた岸川の家の前の八重から大朝へ通じる県道を大八車やリヤカーなどに乗せられた瀕死の怪我人が次々と運ばれていった。
薄い布団とか掛ける覆いがなかったのか、焼け爛(ただ)れた体を隠すために蚊帳(かや)が掛けられた虫の息の人がいた。その蚊帳の網目から血と溶けた肉が噴き出していて蠅が何匹も留まっていた。
「水をくれ、水をくれ」と、掠れた必死の声がするので、Mは茶碗に水を入れて追っかけていったが、車を引く人から「水を飲ますといけんのじゃ。すぐに死んでしまいよるけえ」と拒絶された。Mは「最後に一口飲ませてやれば、ええのにのう」と思って次々と運ばれてくる怪我人にも水を持っていったが、運んできた人は、「死ぬけえダメじゃ」と言って飲まそうとしなかった。Mは最後に一口だけでも飲ませてやりたかった。
その日から、広島から大朝に通じる省営のバスは一台も通らなくなった。
広島は全滅したそうだ
新型爆弾が広島に投下されたという情報は田舎町にも、その日のうちに聞こえてきて、広島は全滅したらしいという噂が流れた。
市内の中心地にいた者は強烈な熱線を浴びて、殆どが焼け爛れて死んだらしいという。それも肉も骨も溶けてしまって死体も残っていないということも聞いた。現世にそんな酷いことをやる奴がいるなんて空恐ろしいことだ。Mは大人になって書いた自著のなかに、原爆への怒りを次のように書いている。
【続きを読む】…父からは何にも連絡はない。母は涙を拭い、「きっと死んだかもしれんね」原爆が落ちて5日も過ぎていた。
<今子 正義『ピカ・ドン(原爆落下)とマリリン・モンローを見た少年M』(幻冬舎メディアコンサルティング)より抜粋>
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