第九章 十年ぶりの恋
あぁ。この世に、恋愛ほど生活が充実するものがあるのだろうか。この世は恋愛が全てだ。
恋だの愛だのばかりを音楽に乗せて歌うミュージシャン。それらの全ては独身者に向けて歌われているのだろうか。話題のドラマや映画でも恋愛要素はやはり欠かせない。恋愛が主軸になくても、どこかにそれは潜んでいる。
人間の三大欲求が食欲、睡眠欲、そして性欲というのなら、すなわち恋愛とは性欲を満たすための一つの手段である。私たちの人生において恋愛は切っても切り離せないものなのだ。
それなのに、結婚した途端にその機会はパッタリと奪われてしまうのだろうか。いや、そんなのはあまりに非情ではないのか。
確かに今までの人生で一度も恋をしたことがないという友人もいる。人を好きになるという気持ちがよく分からないらしい。
しかし私はそういう人間とは違う。人を好きになったからこそ、恋愛をし、結婚をしたのだ。そういう人間が、また新たに人を好きになったって、なんら不思議はない。
たとえ恋愛することが許されなくても、その代わりに温かい家庭が築けていればきっと満たされていたのかもしれない。しかし私はそうではない。生き甲斐だったデートも、もうずっとしていなかった。
結婚生活を祖母に電話で愚痴るたびに諭された。
「どこもそんなものよ。楽しいことばかりじゃないの。でも子供ができれば変わるわよ。子育てほど楽しいものなんて他にないんだから」
私も歳を取るうちに、子供が欲しいという気持ちが自然と芽生えていった。
若くしてできちゃった婚をし、子供がいると噂の同級生を嘲笑していたのはいつのことだったか。今はそんな彼女が羨ましいとさえ思う。
結婚をし、子供を産むことが私の望む普通の幸せだとしたら、例え順番が逆でも先に幸せを手に入れているのは彼女のほうではないか。
ハギとのデートという生き甲斐が失われた今、子供を生き甲斐にするのも良いだろう。いつまでも恋人ごっこをするわけにもいかない。誰もが平等に歳は取るのだ。私も女から妻へ、そして母へと変わらなければならない。それがきっと普通なのだ。そう、子孫を残すこと。これこそが生物としての大義名分ではないか。