【前回の記事を読む】身勝手な旦那の言葉に怒りすら感じないのはもう彼と真剣に向き合っていないから……彼のことはもう私はどうでもよくなっていた
第十一章 インフルエンザ
夕暮れ時のスーパーは人の出入りが嫌に多い。車で電話していると何度か買い物客と目が合った。そんな視線をよそに私から提案した。
「来週の水曜日あたり、ついにしませんか?」
ショウ君の息を呑む音が聞こえた。私が夕方から空いている旨を伝えると彼は温泉旅館に行きたいと言うのだった。
「美雪ちゃんの浴衣姿が見たくてさ。美雪ちゃんって凄く奥ゆかしい感じがするから、絶対に似合うよね」
ショウ君が喜んでくれるのならばそうしたかった。一瞬で頭の中にその光景が浮かぶ。和室独特の香り、並べて敷かれた布団、はだけた浴衣と情熱的なセックス。確かに夢のようだ。
しかし泊まりでの旅行となると気が引けた。旦那にはなんと言おう。あの鈍感さだ。平生であれば友人の家に泊まるとでも言っておけば、それ以上は何も考えないだろうが今は少し違う。
これまでにないほどに夫婦仲は険悪そのものだ。今まで幾度となく繰り返した喧嘩の時とはわけが違う。私は旦那を避けていた。
話もしたくなければ、顔も見たくない。合わせる顔がないと言ったほうがいいだろうか。
彼は、興信所に浮気調査の依頼をするような金の余裕はない。しかしどうだ。彼の母親は金を持っている。彼が母親に私の素行の怪しさを相談すれば、彼女は喜んで私を調べるに違いない。
もともと好戦的な性格かつ、私を目の敵にしている。もし私の不倫の尻尾を掴み、旦那に優位な形で離婚が成立すればこれほど嬉しいことはないであろう。その為には金に糸目はつけないかもしれない。このタイミングでの一泊旅行は、やはり気が引けた。
「初めてだし、まずは普通が良いです。温泉旅館はまた今度ゆっくり」
私はそう言って電話を切った。ショウ君と出会ってから、色んな話をした。一通りお互いのことが分かり、会話もいっときほどは盛り上がらなくなった。
きっと切り込んだ話をしていないせいであろう。もっと普通の会話をしようと約束したが、結局今まで私が話したことは全て、まるで近所のおばさんと天気の話をする時のように上辺のものだった。
風俗で出会ったのに、いつの間にか私が風俗嬢であるという話も一切しなくなっていた。それはふたりの恋路を興ざめさせる話題だったからだ。ショウ君は私に好きだと言った。しかし、風俗で働くことを辞めて欲しいとは言わない。
それは風俗を仕事として認めてくれているからなのか。
それとも……。
結婚していることも、話せばショウ君はすぐに私の元から去るかもしれない。いずれ話さねばならないことはもちろん分かっている。
しかし今はまだその時ではない。
一つになりたい。心も身体も。ショウ君とのセックスを想像して何度マスターベーションをしたことだろう。私も、もう我慢の限界だった。
「大人の恋愛ピックアップ記事」の次回更新は11月15日(土)、12時の予定です。
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どんなに高価なプレゼントよりも今は三百五十ミリリットルのペットボトルの生温かいお茶一本の方が嬉しくて嬉しくて仕方がない
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幼い頃から性的なことに興味があった私。公園の遊具や友人とのアイドルごっこではもう楽しめなくなっていた