翌日、よし子は節子にも、テレビの話を打ち明けた。節子ははじめ、「テレビなんて浮ついたものに頼らなくたって、藤乃屋はちゃんとやってきたじゃないの」と、渋い顔をした。けれど、よし子が「この旅館を、もっとたくさんの人に知ってほしいんです」と言うと、ふっと表情をゆるめて、「まあ、女将がそう言うなら」と頷いてくれた。

数日後、下見にやってきたのは水城という名の若いディレクターだった。30代のはじめだろうか。日に焼けた顔に、人懐っこい笑みを浮かべている。

「SNS、ずっと拝見していました。48歳から旅館の女将さんになった、というお話。これは絶対に視聴者に響きます」

水城は旅館をひと通り見て回った。露天風呂の前で足を止め、縁側で編み物をする千鶴に、丁寧に会釈をする。そして、よし子の目を見て、はっきりと言った。

「ぜひ、女将さんご自身に密着させてください。藤乃屋の魅力は、女将さんそのものだと思うんです」

(私自身に密着だなんて。私なんかに、いったい何の魅力があるというのだろう)

よし子は、戸惑った。

その夜、離れで雅彦に相談した。

「テレビなんて、やっぱり私には荷が重いわ。お断りしようかしら」

雅彦は湯呑みを置いて、穏やかに笑った。

「いいじゃないか。君が藤乃屋の顔になればいい。SNSだって君が始めたんだ。胸を張ればいい」

「……雅彦さんは、出なくていいの?」

「俺は、こういう華やかなことは、性に合わん。旅館の采配は、俺がしっかり見ている。表に立つのは、女将の君がいい」

よし子は頷いた。雅彦がそう言うなら、と。

撮影の日がやってきた。カメラを担いだスタッフが旅館に入り、水城の指示で機材が並ぶ。よし子は朝の雑巾がけから、お膳の支度まで、一日中カメラに追われた。

最初は緊張で手が震えたが、水城が「いいですね」「自然です」と声をかけてくれるうちに、少しずつ体がほぐれていった。

ちょうど泊まっていた常連客が、カメラの前で「ここの女将さんの笑顔に会いたくて来るんですよ」と話してくれた。それを聞いて、よし子の胸が、じんと熱くなった。