【前回記事を読む】息子の病院通いが始まってから、愛犬をおばあちゃんに預けていた…ある日、「あんたの犬がいなくなった」と電話が入って……
第Ⅱ部 母と息子と「家族」のかたち
第4章 足の痛みと、病院の迷路
「足が痛い」という一言から、長い長い病院の旅が始まった。
たらい回しの夜、暗い廊下、明かされないMRIの結果。ようやく告げられたのは「骨肉腫」という言葉だった。十時間の手術とその後の一年間、息子は一度も泣き言を言わなかった。
足の痛みと、たらい回しの夜
十五歳の頃、息子は「足が痛い」と言い出した。最初は、座りっぱなしの生活で運動不足なのだろうと軽く考えていた。しかし、痛みは日に日に強くなり、夜眠れないほどになった。近所の、顔なじみの整形外科に連れて行った。
診察室の椅子に座り、息子の足を先生がそっと触る。膝の少し下、骨の上に、小さなこぶのような膨らみがあった。先生の指先が、その膨らみの上で止まる。表情が一瞬固くなり、私の方を見る。
「いまからすぐ行ける病院はありますか?」
唐突な問いかけに、私は戸惑った。
「え? いまから?」
先生は、すぐに別の病院への紹介状を書いた。文字を走らせる手が少し震えているように見えた。その足で、紹介された病院に向かった。受付で名前を呼ばれるまでの時間が、妙に長く感じられた。
MRIを撮ることになり、息子は機械の中へ入っていった。私は、廊下のベンチに一人で座り、白い壁を見つめながら待った。時計の秒針の音が、いつもより大きく響く。
二時間ほど経って、医師が現れた。
「MRIを撮ることはできますが、ここでは治療はできません。彼の身体の負担になりますから」
また新しい病院への紹介状。
「急いで行ってください」と言われる。悪い予感しかしなかった。三つ目の病院でも、同じように紹介状を渡された。
「様子を見ましょう」
ロキソニンを出され、「これで様子を」と言われる。私の中の焦りは、膨らむ一方だった。
「なぜ、紹介状で来ているのに、MRIを撮らないんですか?」
問いかける私に、医師は淡々と答えた。
「お母さん。そりゃあ悪性の可能性だってありますよ」
その口調のあまりの軽さに、視界が一瞬白くなった。
息子は、診察室のベッドの上で足を抱え、うめいている。
夜の病院の廊下は、ほとんどの灯りが落とされ、薄暗かった。
受付には誰もいない。自動販売機だけが、明るく光っている。
「先生方は皆オペ中です」と看護師が言った。
「何時まででも待ちます!」
私の声は、空っぽの廊下に跳ね返るばかりだった。
「迷惑です」と、冷たい一言が返ってきた。
その瞬間、私は本当に壊れた。
やがて、オペ中だったはずの医師たちが何人も並んで現れ、頭を下げた。
「お母さん、申し訳ありません」
「こちらでは治療できません。明日、別の病院を予約してあります。直ちに行かれてください」
「おっしゃっている意味が分かりませんが?」
私の声は、自分のものではないように震えていた。MRIはすでに撮られていた。ただ、誰もそれを「観ていなかった」だけだった。
オペ中だったはずの人たちは、いま、目の前にずらりと並んでいる。
私は、真っ暗な病院で声をあげて泣き叫んだ。
「何ヶ月も待たせて、何していたんですか!」
誰も答えなかった。