「もし本当に会ったら、どうしよう」とか、ありえない妄想までしてしまう。

そんな私を見て、息子が通りすがりにぼそっと言う。

「心筋梗塞じゃね?」

「大丈夫。絶対会うことはないけん」

と私が反論すると、すかさず自分で言い直す。

「この世に“絶対”なんかないんだよ!」

母として、娘として、一人の人間として――この本に綴ったのは、きれいごととは程遠い、失敗だらけの日々だ。

それでもこうして、お笑い番組を見て笑ったり、円形脱毛をネタにしたりしながら、息子と「しょーもない話」で盛り上がれるいまがある。

第Ⅰ部 幼い日の痛みと揺れる青春

第1章 幼い日の傷

九歳の小さな身体に、言葉にならない出来事が重なった日があった。

夕暮れのそろばん道、母の言葉、父の背中、そして教室の黒板の落書き。

どれも、そのときの私にはただ「つらかったこと」だったけれど、いま、あらためて振り返ると、そこには確かに、大人たちなりの不器用な優しさや、子どもなりの精一杯の抵抗も混ざっていたように思う。

その一つ一つが、幼い「私」の世界の輪郭を、少しずつ歪めていったのは事実だ。けれど同時に、その歪みの中でどうにか笑い方を覚え、耐える術も覚えた。

あの頃の私は、自分の傷の深さも、その後に続く長い影のことも知らないまま、それでも、ちゃんと今日まで生き延びてくれた。

まずは、あの日の夕暮れから話を始めよう。

夕暮れのそろばん道

夕暮れ時だった。

夏と秋の境目のような、湿った風が頬をなでていた。空は、昼の青さをかろうじて残しながら、ゆっくりと紫がかったオレンジに沈んでいく。遠くで電車の音がして、カンカンと踏切が鳴る。

私の手には、そろばん教室の子ども用カバン。ランドセルより一回り小さくて、少しほつれた持ち手が、汗ばんだ指に絡みつく。

アスファルトの道路には、電柱の影が長く伸びていた。影と影のあいだを飛び石のように踏みながら、九歳の私は、いつもの帰り道を急いでいた。薄暗くなる前に家に着きたかった。

 

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黒板いっぱいに書かれた酷い暴言の数々…その中心に描かれていたのは、明らかに同級生の醜く歪められた似顔絵で……

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