はじめに
九歳で味わった出来事、揺れに揺れた青春、息子の病と夫婦の軋(きし)み、旧棟の夜……。
文字にしてみると、なかなかハードな道のりです。それでも私はこうして、今日も台所でご飯を作り、ときどきくだらないことで笑っています。
この本は、決して「不幸自慢」でも「かわいそうな話」でもありません。いうなれば私の「お守り」であり、ちょっとした勲章です。
転んで、泣いて、それでもなんだかんだ立ち上がってきた一人の母の、ちょっとドジで、でもけっこうしぶとい記録です。
読んでくださるあなたが、「人って案外しぶといもんだな」と少しでも肩の力を抜いてもらえたら、それが私にとってのいちばんの救いです。
ハゲるかも、ハゲるかも……と、どこかでずっと思っていた。
ある日ふと鏡を見たら、右の側頭部に、きれいな五百円玉くらいの円形脱毛ができていた。
「ああ、やっぱりか」
と一瞬だけ胸がきゅっとしたけれど、不思議と、思っていたほどのショックではなかった。長く生きていれば、心にも身体にも、いろんな「ハゲ」や「傷」ができるものなのかもしれない。
とりあえず皮膚科へ行くと、先生はカルテを見ながらきっぱりと言った。
「頑張りましょう!」
その先生自身も、なかなか立派にハゲていた。説得力があるんだかないんだか分からないけれど、妙におかしくて、診察室で少し笑いそうになった。薬局で薬をもらうとき、薬剤師さんの頭を見て、
「生えてきますかね〜?」
と聞きかけて、慌てて飲み込んだ。薬剤師さんも、思い切りツルツルだったからだ。
家に帰る途中で、
「まあ、いっか」
と思った。
ハゲていたって、何が悪い。
そう開き直って、長かった髪をバッサリ切ることにした。行きつけの美容室は、田舎には似合わないくらい隠れ家的で、洗練された店だ。「こんな田舎に、よくこんなお店出したな」と、行くたびにちょっと感心する。
息子と同じくらいの年齢だろうか、金髪のイケメンの男の子がシャンプーをしてくれながら、円形脱毛の話をした私に、さらっと言った。
「スキンヘッド、似合うと思いますよ」
「ちょっと、それは……」と口では言いながら、
(それもアリかも)と心のどこかで思っている自分もいた。
そんなふうに、いつの間にか円形脱毛のことは、ほとんど気にならなくなっていた。最近ふと触ってみて気づいた。
――期待を裏切って、五センチくらいの長さの髪が、ちゃんと生えてきている。
ぴょん、と周りの髪から飛び出しているその毛が、なんだか愛おしくてたまらない。「あんたも、よく戻ってきてくれたね」
と、つい撫でてしまう。
何のかんの言っても、私はお笑いが好きだ。
特に、かま○○○のHさん。
理由は、正直あまりない。テレビに映ると、「キャー」と心の中で叫びたくなって、胸がきゅんとする。