「しまった。あのときだ」
気づいたのは会社に戻って残業をしようと、フロアの自動販売機で缶コーヒーを買おうとしたときだった。
「そうだ。あそこだ。さっきあの神社に行ったときは確かにあったんだ」
小銭入れをどこかに落としてしまった。革製のちょっと洒落たデザインで長年使い続けた愛着のあるものだ。
オレとしたことが……。そら見ろ、寄り道なんかするからこういうことになるんだ。参拝のご利益どころか逆の結果が起こったではないか。
そう思うと仕事など手につかなくなった。オレは夕方仕事を早々に切り上げ、昼間の神社に行くことにした。
もしかしたら落し物として誰かが届けてくれているかもしれない。淡い望みを抱いて、オレは会社を飛び出した。
小走りに神社の鳥居をくぐり本殿へと急いだ。夜の神社は人っ子一人いない暗闇の世界、昼間の光景とはまるで別世界だ。石灯篭に灯はなく、墓地ほどではないが決して気持ちのいいものではない。
もう誰も残っていないかもしれない。それなら明日の朝一番でまた来よう……。
ないと半分諦めながらもとりあえず本殿の前辺りを探すことにした。石畳の延長がわずかに分かるくらいの暗さで、地面はほとんど見えなかった。
スマホを出して辺りを照らした。やはり見つからないだろうな……。落胆のため息を漏らし社務所に視線を移すと、うっすら明かりが見えた。
「どなたですか?」
静まり返った境内で何かの動きを察知したのか、社務所の扉が開いた。昼間の巫女さんだった。
「あの、夜分すみません。昼間小銭入れを落としまして、気づいて探しにきたんです」
「そうですか、お困りですね。でも届け物はありません」
オレは再び肩を落とすと、奥で何やらザワザワと生き物らしい音がするのを聞いた。
「何か、中にいるんですか?」
オレはとっさに聞いてしまった。夜に訪ねてきて中を気にする方もおかしいと思ったが……。
「あれはなんの音ですか? 何か生き物のような気配ですが……」
「食事をしていまして……」
「食事って、誰がです?」
夜の社務所で、オレは気が引けながらも訊いた。
「……ご覧になりますか?」
「え、いいんですか。いや、ぼくはただ小銭入れを探しに来ただけで……。それに怪しい者では……」
もう、しどろもどろの様相である。
「はい、昼間お会いしてますから存じております」
オレは言われるまま社務所の中に案内された。
廊下を奥に進むにつれ、さっきからの音が近くなった。ちょうど本殿の真裏辺りではないかと想像した。
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