それでも、もう学園の外なのだということは実感していた。ずっと学園にいられるわけではないし、養子になるということは、自分の頑張り次第ではお世話になる家に恩返しができるかもしれない。逆に、学園の外にも出たことがない世間知らずの自分では、迷惑ばかりをかけて追い出されてしまうかもしれない。
大金持ちの家に引き取られて何不自由なく暮らし、大切なお坊ちゃん扱いをされることを思い描き夢見ていたのは幼い頃だけだ。それなりに大人になった今では、お世話になる家で自分が役立てるのか、期待に応えられるのかという不安しか頭になかった。
いろいろと頭の中で考えていた飛鳥にとっては、重くて長い道のりだった。そこをなんとか歩ききり、屋敷の玄関まで辿(たど)り着いた。
屋敷は四階建てでかなり大きかったが、華美な印象はなく、古い洋館だった。こんな立派な家に、自分なんかが来て本当に良かったのだろうか。これまで抱いていた不安のうえに、さらに屋敷の大きさから、由緒ある名家なのではないかと戸惑ってしまった。
今の飛鳥はというと、荷物など何もない。身一つでいいと言われていたため、本当にカバンすら持たずにやって来た。普段とは違い、初めて着せてもらった黒のスーツに身を包み、ネクタイを締めたことくらいで。何度深呼吸をしても自分には場違いとしか思えない。気おくれしてしまい、この胸の動悸(どうき)は治まらなかった。
けれど、飛鳥は意を決して呼び鈴を鳴らした。今度はインターフォンの時のように機械越しとは違う。北沢家の人間と直に会うことになるのだ。自分を引き取ってくれた人とは、どんな人なのだろう。さきほどの声の感じからは、若い印象を受けた。息子だろうか?
飛鳥は、そんなことを頭の中で思いめぐらせる。
飛鳥が呼び鈴を鳴らして少し経ってから、
「いらっしゃいませ」
そう言って扉を開けてくれたのは、飛鳥と背丈も歳もそう変わらないくらいの少年だった。声の感じから考えても、インターフォンで応対したのも彼だろうと飛鳥は思った。
「はじめまして。僕の名前は藍(あい)だよ。よろしく」
「よろしくお願いします」
次回更新は6月11日(木)、7時の予定です。
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