最終面接はグループ面接で4人が一緒に並んで座り、人事部長の他に2人の面接者で行われた。記憶にある質問は、「大学で学んだことは実社会で役に立つかどうか?」という内容で、彼の横の学生が役に立たないという趣旨の発言だったので、その瞬間「それじゃあ逆に、役に立つ話でまとめよう」と思い、卒論でまとめた考えを肯定的に発言した。
自分の考えよりも、その場で目立つかどうかが価値基準になっている彼は、自信過剰で調子に乗った応募者だったようである。
暫くして内定通知が届いたが、彼は正直迷っていた。最終的に元気堂に入社を決めたのは、当時不動産業を営んでいた叔父からの、就職するのなら「元気堂」が有望で、今後成長が期待できるというアドバイスが強く影響していた。
彼は改めて元気堂の店舗を見に行き、この店の店長が出来るといいなという漠然としたイメージを思い浮かべ、彼の中で納得感を持って進路を決定した。
彼のその時の判断は、駅前にはダイエーやニチイなどの全国規模のスーパーがあるけど、自分はマイナーな地方の小さな会社で頑張ってみよう、この会社であれば自分にもチャンスがあるかもしれないという思いだった。
販売の仕事は嫌いではないし、自分に向いているかもしれない。そして元気堂は地方の企業で、転勤のエリアも限られており、将来は地元の店舗で仕事をする可能性も残っている。
農家の長男として跡を継ぐ最低限の責任を果たせるのではないかと、自分なりに納得して就職先を決めたのだ。
そして、縁あって元気堂を選んだことが、その後の流通再編の大きな流れの中で、40年経過してダイエーもニチイもなくなった今、本当に運の良さを感じている。
そして生き残った元気堂で、彼は店長になり、様々な経験を積むことが出来た。本当に縁は不思議だと彼はしみじみと思い返した。
彼の18歳までの地元での時期は、精神的に抑圧されて、全く自分に自信が持てなかった。そして、京都での大学生活4年間は、彼の人生の上での大きなターニングポイントになった。
実家での重苦しい生活環境から解放され、毎日の時間が自由に伸び伸びと使える青春を謳歌することができた。
自分に自信を持つことができた貴重な4年間であり、大きな運命の流れの中で着実に自分の意志で自分の人生の一歩を踏み出せた重要な時期となった。
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