主な仕事はお客さんの食事の世話や売店での販売である。確か、酸素が千五百円、ビールが六百円。山の値段にも驚いた。それでも品物はどんどん売れていく。登山客がとにかく多いのだ。

日本人だけではなく、外国の人もどんどん登ってくる。囲炉裏に座って、お客さんの杖に小屋の標高を記した焼き印を押すのも仕事だった。ふとんを干したり、ごみを捨てたり、トイレ掃除、やることはたくさんある。

途中、社長に「もっと明るくないと」と注意された。一人で行動するわりに、当時の私は内気で、接客にはまるで向かない性格だった。

その頃、政治の世界では羽田内閣が総辞職し、「自社さ」連立政権が誕生。村山富市社会党委員長が首相になったことが大きな話題となっていた。

売店でビールを売っていると、一人の外国人男性が近づいてきて「この政権交代をどう思うか」と私に聞いてきた。はにかみながら「よく分かりません」と小さく答えた私に、その人は、「シーイズシャイ」と言って去っていった。

小屋からの景色は雄大で、晴れていれば眼下に山中湖が見える。雲が目の前を通り過ぎたり、壮大な夕焼けが幾度となく空をオレンジやピンクに染めた。

気温は、夏だというのにものすごく寒い。いつの間にか足の指に霜焼けができていた。たいした防寒着を持っていなかった私に、奥さんが半纏(はんてん)を貸してくれた。赤毛のアンに憧れて、髪を三つ編みにしていた当時の私。半纏姿で囲炉裏端で杖に焼き印を押す姿は、まさしく雪ん子のようだったろう。

<小梨 里子『屋久島、そして雲ノ平へ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より抜粋>

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