【前回記事を読む】手作り飛行機を飛ばすコンテストで、唯一の女性参加者だった私が目をつけたのは、あの身近な材料で…
十三章 治具とL6食堂
「ここでいい? じゃあ床に固定するよ」
二〇二一年八月二十三日、ザ・ヒロサワ・シティに到着した私の目の前に飛び込んできた光景は、石井と生出が真新しい治具にストークの主翼を載せ、その治具の脚にガムテープを貼って、新航空博物館の床にしっかりと固定するところだった。
ストークの主翼は二一メートル、その二一メートルは持ち運びしやすいよう三分割式になっている。具体的にはコクピットと胴体が結合する、真ん中の翼を中央翼、その外側にある翼を右翼、あるいは左翼と呼ぶ。
三つの翼は七メートルずつ、四十六年前は、富さん手製の治具に載せて作業した。だがもう昔の治具は失われ、富さんも亡くなっている。だから今回は、石井と生出と中禮の三人でホームセンターから木材を調達し、手製の治具を新調した。
富さんとは、日大お抱えの飛行機大工だ。約半世紀前、日大格納庫には学生たちのために、機体材料の木材加工を一手に引き受けてくれる頼もしい職人、富沢軍治が常駐し、学生たちからは、「富さん」と呼ばれ、慕われていた。
「富さん、この檜にカンナをかけてよ!」
「おう、わかった!」
一九七二年五月、日大新入生の石井が格納庫の窓から飛行機を覗き見していたら、最初に声をかけてくれたのも富さんだ。
「中に入って見ていいよ。飛行機、好きなんだろう?」
「え? いいんですか?」
「おう! そっちのドアから入ってこいよ!」
以来、石井は大学を卒業し、副手となって後輩たちとストークを世界記録に導くまでの五年間、富さんのいる格納庫に入り浸りだった。
一九七五年秋、ストークの主翼を三分割にするため主桁を切った時も、富さんに頼んだ。
「富さん、この主桁を三つに切ってよ!」
「ええっ? 本当に切るのか?」
主桁とは翼の中を貫通している丈夫な構造材で大切な骨材である。最近の人力飛行機は、カーボンの太いパイプ一本で済ませることが多く、桁そのものを材料から手作りするチームは少ないが、初期の日大の人力飛行機は、木材を使って、手間暇かけて手作りした。
特にストークの主桁は、華奢なバルサ材を使って組子細工の技法を用いて、二一メートルの箱を作り上げた。だからその完成したばかりの伝統工芸品のように美しい二一メートルの主桁を「三つに切って!」と頼まれたものだから、流石の富さんも面食らった。
「石井、本当に、切るぞ! いいんだな?」
「いいよ! 切って! 富さん!」
富さんの手で引かれたのこぎりによって、ゴリゴリと原始的な方法でカットされた主桁は三つになった。
「今でも、のこぎりの合口を持っていくと、ピタッと合うと思いますよ」
と誇らしげに石井は言う。
三つになった主桁には、リブと呼ばれる雫型の骨材が、一〇センチ間隔で二一〇枚通っている。このリブも、最近は発泡スチロールで簡単に製作されているが、ストークの場合は、気が遠くなるほどの手間がかかっている。