【前回記事を読む】私のせいで父は殺される…父と交わした最後の会話は「生き延びろ。そして、復讐してくれ」

二.虫首(コオロギ)

魔女玉はいったん暗くなったが、またすぐに七色に変化しながら漂っている。

「なんですか、あれは。ミミズ男は最低の外道だ! 許せない、ですよね?」

店長の口調は意外に冷静だった。場数を踏んで動じないのだろうか。

「そうでもないわ。生きる目標ができたというか、強くなって復讐してやると決意した。でも一人残されてこの先どうしようかと皆目見当がつかなかったわ。気がつけば無意識のうちに父の身体を拭き清めていたの。バケツに溜めてあった水をそばに置いて、タオルで血をぬぐっては洗い、また拭いた」

店長は口をすぼめて聞いていた。

「健気としか言いようがありません。おや、魔女玉にまた映像が出ましたよ。今度はお父様に包帯を巻いている。すでにほぼ全身を巻き終わってますね」

「包帯は趣味で集めてたくさんあったわ。もう死んでいるから関係ないけど、なぜかそうしたかったのよ。以前から私は生き物を見ると糸とか綱とか包帯とか、何でもいいからぐるぐる巻きにしたくなる性癖があったの。ちょうどこのときには、その欲望がピークに達してたわ」

「おや、ざわざわ音がすると思ったら、屈強そうな連中がぞろぞろ入ってくる」

「あれはじいちゃんの配下だわ。じいちゃんというのは祖父の黒木源次郎よ。後でじいちゃんから聞いて知ったけど、大きな組織のボスで、私の父はその御曹司だったの。堅苦しい組織が嫌いで若いうちに飛び出したそうよ。じいちゃんは息子の訃報と居場所を、ある匿名の女性からの電話で知らされたようね。そしてこの私がキリオの娘だってことも」

イチコは急に黙った。懐かしい人物に出逢ったような顔だ。

――魔女玉の中に紋付き袴を着た眼光鋭い老人が立っていた。黒くて長い口髭とは対照的に、禿げ頭の上に一本だけ剛毛が立っている。老人は不思議そうな目で、変わり果てた息子の姿と不可解な行動を続ける孫娘の様子を交互に見つめていた。

イチコは念入りに幾重にも白い包帯を巻き続けている。それが中途半端な量ではない。まるでエジプトのミイラのようになっていた。そして最後の仕上げで顔に包帯を巻こうとしたら、ついに見かねた老人からストップがかかった。

「もう死んでいる。諦めなさい。そんなことをしても生き返りはしない」

イチコがキリオの介抱をなおも続けているものと勘違いしたようだ。その一方で、好きな作業を止められてイチコの表情は不満気である。折しもコオロギが美しい声で鳴き始めた。風情とは縁遠いキリオだったが、なぜかコオロギを飼っていた。

老人は配下数名に指示して息子の亡骸を外に運び出させ、次にイチコの手を引き外に出ようとした。とっさに彼女は手を振りほどき、虫かごのコオロギを窓の外へと解放した。そして自らまた手を繋いだ――

「赤ん坊だった頃の記憶が私にはあるの。コオロギの鳴き声よ。キリオが聞かせてくれてたような気がする。歌なんか歌える男じゃなかったから――」

イチコは軽く鼻で笑った。