【前回記事を読む】子どもの皮膚は大人より薄い。「あまり掻かないように!」と注意しても、寝ている間に皮膚を掻きむしり…
2 プロの「手前」 〜教育と仕事始め〜
(1)教育について
問い1「中学高校の数学やまた文系の倫理社会など、単に問題の解き方や哲学者の主要著書を覚えなければ良い成績をとれません。どうして暗記ばかりの教育になるのでしょうか? また社会にでてからそういう知識は必要なんですか?」
教育がなかったら、今の僕は1次方程式も解くことができないかもしれない。でも1次方程式でも、全くの自分の能力で解が見つけられたら楽しいだろうなあ。
これはこれで好奇心を持ってやれば、充実している生き方ができるね。
算数の公式がなかった古代人だって、不便だから決して不幸というわけでもなく、幸せな人はやっぱりたくさんいたんだろう。
バカな私は、自分が40歳くらいまでは、縄文人や弥生人など昔の人は、不便だから生活も大変だし、不幸なんだろうと決めつけていました、ホントに浅はかだ。
皆さんは、高校の数学の微分積分数列なんか全然勉強しても、わからないし、それは筆者も勿論わかっていませんが、「履修は必要ない」と思っていませんか?
実際生きていると、あまり1次方程式すら(y=ax+bの解)解く事もないので、私もずっとそう思っていました。
でも、小中高の教育というのは、知性の蓄積の歴史をなぞっているのです。
例えば数学で三次方程式が代数的に解かれたのは16世紀になってからでした。ちなみに二次方程式の解は古代バビロニア(紀元前1700年頃)において既に代数的に解かれていたと考えられています。
人類の歴史において、2次方程式の解から3次方程式の解の到達に3000年も経過しているんだ。興味がある人は、専門分野に行って、その分野の知性の最先端に行って勉強したら良いでしょう。
でも私も含めて、最先端には興味がない人は、その内容については、忘れてしまったら良いでしょう。
ただ忘れてはいけない事があります。自分の知らない時代と場所という歴史の中で、先人たちが知識を遺してくれました。学習者はそれを頭の中でただ浮かしておく事です。それが知識を作ってくれた先人に、敬意を持って接するという事なのです。
わからなくても良いから、ずいぶんと時が過ぎた頃に理解するかもしれないので、まず否定はせず受容する事、これこそが教育を受ける方が、実は最初に学ぶべき事と思います。
あと僕は、生徒さんが自分で主体的に決めて判断して行動していくのを大事だと思ってもそれは大きな勘違いだと思っています。
ディベート(議論)教育なんて、今までのステレオタイプの人たちを作るだけで意味がない。中学生までは知識を丸呑みできるので、遊びでも勉強でもまず受容してみる。
受容するという事は、まず見聞だね。単に物を見る、聞く。暗記の時は手だけはなるべく動かす、それが受容だし受信だ。
何も考えないし、比較などもってのほかだ。ただこんな事を思っている人はあまりいないだろうけれどね。