ヌシの忘れ形見
薄暗がりで、誰かがわたしの服をひっぱる。女神様だ。
こちらをじっと見ながら器用に爪を立てる。
「にゃあ!」と一声。
ああ、ごはんの時間だったね、忘れていてごめんね、と立とうとすると、また、「にゃあ!」と鳴く。強い口調だ。どうやら餌ではないらしい。
「にゃあ! にゃあ! にゃあ!」
バーマンはあまり声を出さない猫だが、今日に限ってすごく鳴く。
わたしが落ち込みそうになると、どこでもついてきて「にゃあ!」と鳴く。慰めてくれているのかなぁ。
何かに熱中していたら、忘れられることもある。
ヌシと共に過ごした歳月は、決して楽しい時ばかりではなかった。それでもいつもそばにいてくれた。何も言わずただそばにいてくれた、かけがえのない存在のヌシ、その存在がありがたかった。
ヌシは、わたしに、たしかにこう語った。
(やっと、気がついてくれましたね。ご主人様。
小さい頃から、ずっとご主人様のそばでご奉公させていただきました。
わたしは、子どもを持ったことがなく、また友人と呼べる友もおりません。
ただ、ひたすら、人間様のお相手をさせていただき、
これといった病気もせず、ひとり、留守宅を守ってきただけです。
今さら外に出たいとも思いません。
ただ、ひとつだけ願いを叶えていただけるなら、
わたしが逝く前に、もう一匹わたしの代わりの猫を飼ってください。