ナタリーは手袋を外し、左手を私の前に差し出したのだった。そのひとさし指の爪が異常に黒く、よく見るとそれが筋状に広がっているのが分かった。だが、それが何故死につながるのか、この時の私には全く理解出来なかった。
「これが何で死ぬことと関係があるの? 医者には……」
私はそう問いかけようとしたものの、かろうじて後半の言葉を飲み込んだ。
彼女の家庭は医療保険とは無縁であることを知っていたからである。それは10月の末、ソーガティーズの町中の子供たちがハロウィンで盛り上がっている時のことであった。
ティナもその日、粗末ではあったが、仮装用のドレスを紙で作り、弟のレイモンドとともに私のところにも菓子を求めてやって来る筈であったのだが、顔をみせたのはレイモンドだけであった。
この時、ティナが高熱を出し、ここ数日学校を休んでいることを知り、私はレイモンドとともに、ティナに渡すつもりだった菓子をもってマーティン家を訪れ、この時、初めて母親のイザベラに会ったのだった。一通りの挨拶のあと、私は何気なく何故、彼女を病院に連れて行かないのかと尋ねた。
イザベラは私より3つ年上の38歳、しかし到底、その年とは思えないほどに彼女の容貌は老けて見えた。二番目の夫とは6年前に離婚し、ナタリーが語っていたように、今はスクールバスの運転手をしながら、三人の子供を養っているという。
「生活保護を受けている身で、保険なんて掛けるものではないわ。ましてや、そんなゆとりはわが家にはないの。ティナには解熱剤をのませているから心配しないで」
彼女は酒焼けしたようなかすれた声でそう言った。どこか投げやりな物言いだった。
私はマーティン家が、生活保護を受けているということをこの時初めて知ったのだった。
「人生早まったわ」と彼女は何度も言った。ナタリーは彼女が20歳の時の子供だったことになる。しかも驚いたことに、イザベラには前夫との間にも娘がおり、今は別れた夫と暮らしているという。生活保護を受けているのであれば医療などは当然、無料なのではないかと思ったものだが、この時、アメリカにおける弱者への援助が、極めて希薄であることを私は知らなかった。
「学校で友達に言われたのよ。この黒い爪は死の病の前兆だって。でも別に痛くもないし、体調だって悪くはない。きっと私をからかっただけだわ」
「一体いつ頃から?」
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