【前回の記事を読む】「あなたの母親に赤ん坊を殺された奥さん、今だに引きこもりがちだって知ってた? 被害者遺族の会で一緒なの。」
劉生 ―秋―
乳輪の大きな女は苦手だと思っていた。
高校のとき、友人から借りたアメリカのポルノビデオを見ていたら、あきれるほど乳輪の大きな女が出てきて、しかも俺の嫌いなロケット型のおっぱいで、どうしてもヌけなかった。
相手の白人男の一物は、羨ましさも失せるほど巨大だったっけ。イレクトすると膝あたりまであり、でか過ぎて重力に逆らえずほとんど垂れたままなのだ。
こういう男にやられると女は腹膜炎になる、と訳知り立てに語ったのはそのビデオを貸してくれた同級生で、今は外務省にいる。
「なぁに、まじまじ眺めちゃって。なにかくっついてる?」
肉が両脇に流れて平らになった胸を、松嶋先生は恥ずかしそうに肌掛け布団で覆った。
「二人の子を母乳で育てたでしょ。だから乳首がとび出たままになっちゃったの。出産前はわたしだって、普段は慎ましく引っ込んでたのよ」
見当違いの言い訳をかわいらしく感じ、俺は先生の手を払いのけて薄い布団を恥骨のあたりまで剥いだ。
まだ唾液で濡れている乳首をもう一度口に含む。たしかに赤ん坊が吸うのにぴったりの大きさだ。優子の使ってる哺乳瓶の吸い口もこのくらいの大きさなんだろうか。
いたずら半分に強く吸ってみたがなんの反応もないので顔を上げると、先生は窓の方へ首をねじり目を閉じて、口を真一文字に結んでいる。痛かったのか。ならそう言えばいいのに。ねじった首に幾本もの皺が寄っている。たまらなくなってそこを軽く噛んだ。今度は低い声が洩れた。
四十女の首筋の皺を愛しいものに感じる自分が信じられない。下腹に指先を這わせて帝王切開の痕をなぞった。五年は経っているはずなのに、臍(へそ)の少し下から恥骨に掛けて一直線に伸びた手術跡の一部が、終わりかけの線香花火みたいに赤く膨らんでいる。
自分はケロイド体質で傷口がなかなかきれいにならないのだと、初めて肌を合わせたときに先生は恥ずかしそうに言っていた。
美津子のシミひとつない腹には盲腸の手術痕があった。俺はそれがあまり好きではなかった。白磁(はくじ)の壺に一箇所だけ闕(か)けがあるようなもので、完璧なものの価値を減じる汚点に等しかった。