【前回の記事を読む】刑期を終えた母に、生後2ヵ月の我が子を会わせた。だが、その日の夫の表情は普段とは異なっていた。感情を押し殺し…
優子 ―夏―
大型トラックが停まるスペースにはたくさんの紙が積んであった。フォークリフトから突き出た二本の長いつめを、おかあさんは簀子(すのこ)のような板の下に慎重に差し込んで、大量の紙をゆっくりと持ち上げる。
その顔があんまり真剣で険しいので、あたしは電信柱の陰から一歩を踏み出すことがためらわれた。たくさんの紙の束を持ち上げるのは機械の力なのに、眺めていると思わずこちらまで力んでしまう。運転席で操縦しているおかあさんも、操作レバーを動かしながら歯を食いしばるような表情になる。
機械の向きを変え倉庫の奥にゆっくりと紙の束を降ろすときも、両肩は衣紋(えもん)かけのように持ち上がったままだ。
聖がぐずり始めた。これは大泣きになるなと覚悟したとたん、鼓膜に直撃するみたいな声で泣きだした。フォークリフトがゆっくりと回転して道路側を向いた。おかあさんがこちらに気づいた。ヘルメットの下で白い歯がのぞく。
聖の背中をとんとんやりながら、おかあさんの乗る機械のところまで歩いていく。隠れていたところを見つけられたようなきまり悪さで、あたしはいっぱいの笑顔をつくった。
「お買いもの?」
運転席からおかあさんが訊いた。顔中から汗が噴き出ている。屋外といってもいいような場所での作業なのだから、ヘルメットをかぶっていたらさぞ暑いだろう。
「お友達に会いに行くの。慎さんは残業」
「赤ん坊もいっしょ?」
「うん。見たいから連れてきてって言われた。お夕飯もご馳走になってくる。ラッシュと反対方向だし」
聖が泣き続けるので、二人とも声を張り上げてしゃべる。
「でも、帰りは電車、混むんじゃない?」
「ああ、それはだいじょうぶ。帰りはお友達のご主人が車で送ってくれることになっているから」
準備していたわけではないのに嘘がすらすらと出てくる。
「そう。気をつけてね」
そう言いながらおかあさんはあたしの提げているバッグにちらりと目をやった。どきりとする。赤ん坊連れで出かけるには荷物が少なすぎる。替えのおむつやタオルは保育園に用意してあるので、あたしは身軽だった。
「おかあさん、今日は残業?」
「残業ってほどじゃないのよ。仕事が遅いから、今日のノルマがまだ済んでないだけ。あと二十分もあれば終わるわ」
「無理しないでね」
ちりめん皺(じわ)をたくさんつくって、おかあさんは笑顔で頷いた。
それじゃ行ってくるね、と手を振って別れたあと、まっすぐに駅の方角へ歩いていく。聖を預ける保育所へ行くには派出所脇の路地へ入るのが近道なのだけれど、嘘をついた以上仕方ない。