【前回の記事を読む】「お友達に会いにいくの」と嘘をつき、まっすぐに駅の方角へ歩いていく——たどり着いた場所は、銀座にある“細長いビル”の……
優子 ―夏―
決まっておばあちゃんに揺り起こされた。高校生のとき、夢にうなされているときのお前の声って幼稚園児みたい、とおにいちゃんにからかわれた。
あきれるのは、大人になってからもその夢の状況はなんの変化もなくて、相変わらず象は小さな島みたいに大海原に浮いているし、ナマケモノは犬かきで必死に泳いでいるのだ。
あたしのひどく個人的な不安感を、そのまま佳香さんにわかってもらうのは無理だろうけれど、おにいちゃんの居場所だけはどうしても聞き出したい。それができなければ聖を預けてまでやってきた甲斐がない。
ところで銀座のホステスさんって、開店ぎりぎりに出勤するのだろうか? それとも控室のようなところがあって、開店前はそこで化粧など直しながら同僚とおしゃべりしたりしているのか?
正確な答えが返ってこないのは承知で昨夜慎さんに訊いてみたら、ちょっと上目づかいに虚空を睨み「キャバレーは控室があるが、銀座のクラブにはない」なんの根拠があってかきっぱりと答えた。
七時十分前に小さなエレベーターに乗り込み、えいやっと気合を入れて五階のボタンを押す。古いビルなのか空調が弱くて外よりも蒸し暑い。おまけに、やけにのろくさと上昇していく。
扉が開いたとたん、真向かいの壁の「クラブ蝶」という大きなプレートが目に飛び込んできた。黒地に白抜きの文字で、グランドピアノを象(かたど)った部分だけ銀色で、見るからに豪奢な感じがする。少し離れて男の人が立っているのはプレートの次に気づいた。
店の看板よりも存在感のないその人は小柄でがっちりして、しかし奇妙な感じがした。ちゃんと仕立てのよさそうな上着を着ているのに、下半身は作業ズボンみたいなものを履き、膝まで届く黒い長靴を履いているのだ。いくらなんでも上下があまりにちぐはぐだ。
背は小さいといっても百六十五センチはあるだろう。でもあたしは百七十三センチなので、どうしても見下ろす感じになる。
男の人はあたしの頭から爪先、そしてまた頭へと遠慮なく視線を往復させて、「面接の子?」と馴れ馴れしく話しかけてきた。
首を横に振る暇も与えず、「どの店?」とたたみかけてくる。ユニ2ですと答えた。とたんに男の両目に明かりが灯った。
右手奥の方へ歩いていき、クラブ蝶の観音開きの扉から比べるとだいぶ見劣りする木製のドアを、拳で乱暴にたたく。
「マスター、マスター、モデルみたいな若い子が面接にきたよ」
ドアはすぐ開いた。現れたのは、長靴の男よりもっと小さい蝶ネクタイの銀髪の老人だ。「あれ、若旦那、もう来たの?」と言いながら視線はこっちに向いている。