「国立科学博物館からストークの修復を任されたよ。修復はヒロサワ・シティの新航空博物館の中でやる。そこには宿泊施設もある。泊まり込みで僕と一緒に修復作業をやってくれるかい?」

「ああ、いいよ!」

真っ先に快諾したのは、同級生の生出冨久夫と中禮一彦だ。

生出は発電所や鉄道など大規模プラントの設計・建設をする会社、東洋エンジニアリングの部長をしていたが、数カ月前に定年退職、現役引退したばかりで、元気な心と身体を持て余していた。

一方、中禮は数年前に胃を壊し、コンピューター関係の職から早々に退き、ハンドランチグライダーの飛行機仲間たちと戸外で飛ばすことを楽しみとする気ままな独身貴族だ。

他の仲間たちも、石井に修復の依頼がきたことを、ほぼ全員が喜び、数名を除いたメンバー全員がボランティアでも協力するとの嬉しい返答だった。

だが、二〇二一年八月十七日修復初日、現地に集まったのは生出と中禮の二人だけ。協力すると言った他の仲間たちは、まだ現役で仕事をしている強者もいれば、体調がすぐれず、自宅から離れられない者もいた。ストークメンバーの平均年齢は六十七歳、致し方ない現実なのかもしれない。

修復は石井と生出と中禮の三名でスタートした。

修復作業現場である新航空博物館は、鉄骨剝き出しの格納庫で、空調はない。窓はあるが、強い風や虫の侵入は繊細なストークを傷つける恐れがあるので、全開はできない。

残暑厳しい八月の修復作業は、蒸し風呂のような環境でスタートしたが、まず中禮が音を上げた。

「熱射病が恐いから、僕は、ロッジで作業するよ」

ロッジとは冷暖房完備された山小屋風の平屋の宿泊棟で、個室二室とリビング、風呂とトイレがある。

個室には清潔なベッドが二台、一棟のロッジには四人まで宿泊できる。航空博物館からは徒歩で五分ほど、石井と生出と中禮は同じロッジに宿泊していた。石井と生出は結婚し家庭があり、普段から健康に気をつけて、とても六十七歳には見えない若々しさだ。

しかし独身貴族の中禮は、食生活が外食ばかりのためか、大学四年から吸い始めたタバコのためなのか、元気一杯の石井や生出と比べて、あまりにも体力が落ちていた。

中禮の体調を気遣いながらの修復作業は早くも暗礁に乗り上げつつあった。悲鳴のような石井からのSOSが入ったのは、修復スタートの翌日、八月十八日だ。

「中禮が劣化していて困っている。大江さん早くヒロサワ・シティに来て、修復を手伝ってください!」

次回更新は5月7日(木)、7時の予定です。

 

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