全体の経過を見れば、人道的医療安楽死が許されるのか、許されないのかの二者択一であった。通報者の側もそうであったが、とりわけ検察側の無知には驚くばかりであった。

わたしが発表した記事は自死幇助(当時はまだ処罰の対象ではなかった!)であって、嘱託殺人(現在も処罰の対象!)でないことは、明らかであった。しかし検察は、自死幇助と嘱託殺人の違いを認識していなかったようである。それでは、なぜ彼らはわたしを告発したのか?

何人かの弁護士が報告しているように、フランクフルト検察庁は、自死幇助の手続きにおいては、極めて限定的な方針をとっていた。その理由は、推測するしかないが、おそらく法律家が自らの世界観や道徳的配慮から独立できていなかったからであろう。

わたしに対して開始された手続きは、わたしを脅して口封じをするために役立つだけで、その目的は自死幇助に賛成する者を黙らせることであった。つまり、わたし自身の考えに対しては、法律による支援が少ないということを敢えて結論づけようとしていたのである。

本書は、法と秩序だけではなく、自死幇助を正常な医療の選択肢であると宣言しているわけではない。ましてや、それを賛美しようとしているわけでもない。むしろ、わたしの関心事は、それに貢献することである。そのためには、まずは歴史に目を向けることが大切である。