その夜も骸骨はトンネルの入り口に立って、無線機を片手に交通整理を行なっていた。ヘルメットの下には白っぽいマスクを被っていたが、これは渋谷医師が調達してきたものだった。防寒用の目出し帽でプロレスラーの覆面みたいなものだったから、特に怪しまれることもなかった。

それに手元には白手袋をしていたから、そこに立っているのは誰が見たって立派なガードマンだった。

骸骨は夢中で働いていた。車のライトの行列が合図一つで停まったり動いたりしていた。時々工事車輌が出入りして、その時は両側の車を止めなければならなかった。

内部の都合で一時的に全面封鎖となることもあった。そうした時には運転者に説明を求められることもある。

ただ立って合図を送るだけだと聞いていたのだが、実際は工事の進捗を把握していなければ瞬く間に混乱をきたした。

骸骨は忙しく働いていた。一瞬の気の緩みも許されなかった。だがそうした中でむしろ歓びを感じていた。働くということの充実感はかつて彼の知らなかったものなのである。

「ご苦労さん、大分慣れたようだね」

そう言って交代要員兼現場責任者の五十がらみの男が現れた。毛孔まで陽に焼けた顔や首筋がこの男の職歴の長さを物語っていた。骸骨は時計を見てもう二時間も経っていることに驚いた。

「ははは、来るのがちょっと早かったかい?」

男はにこやかに骸骨の肩を叩いた。

これからの一時間は休憩に当てられていた。物陰で少し休んで次は反対側の車線を担当するのである。だが何ということもなく去り難かった。

仕事を教えてくれたのはこの男だったし、話し好きのこの人物の傍にいるのが楽しみだったのである。

「今日は少し車が少ないようだな」

そう言って男は碌に車の動きも見ずに捌いていく。何だか危なかしいようだが、骸骨が目を丸くしているので一層拍車がかかる。

「ベテランの警備員はな、車の動きなど見なくても判るんだよ」

骸骨はハラハラしていたが、特に混乱も起きないところを見て、この男は名人に違いないと感心した。だがこんなことがなくても、先輩格の人に敬意を払うことを忘れはしなかっただろう。骸骨は人なつこかったしよく働いた。仲間内の評判は上々だったのである。 

次回更新は4月15日(水)、8時の予定です。

 

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寝入る骸骨、謡うようにつぶやく。「春ニナッタセイカ…女性達ガ綺麗ですねえ」

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