以下は、これを聞いた光源氏の感想。この世は朝(あした)の露に異ならない、はかないものであるのに、何を欲張って、どんなご利益を仏様にお願いしているのか。
光源氏は、「あれをお聞きなさい。あの年寄りは、この世のことだけでなく、来世のことまでお願いしているのです。」と夕顔に言って、歌を詠む。
光源氏「優婆塞(うばそく)が行ふ道をしるべにて来(こ)む世(よ)も深き契(ちぎ)りたがふな」(源氏物語①一五八頁)(優婆塞がお勤めをしている仏道に導かれて、来世でも私たち二人が交わした約束にそむかないでください)
光源氏は、弥勒菩薩がこの世に姿を見せられる遠い将来のことを約束しようとするが、ここで作者の紫式部がそっと顔を出して、「行(ゆ)く先の御頼めいとこちたし」(同)(そんな遠い将来のこと、なんとまあ大袈裟なこと!)
夕顔「前(さき)の世(よ)の契り知らるる身のうさに行(ゆ)く末(すゑ)かねて頼みがたさよ」(同一五九頁)(前世からの因縁のつらさを思い知っていますから、これから先のことなど、とても頼りにすることはできません!)
夕顔は、薄幸の人であった。両親はすでに亡くなった。ふとしたきっかけで頭中将(とうのちゅうじょう)と知り合った。頭中将は三年ばかり熱心に通ってきていたが、頭中将の正妻の実家である右大臣側から脅迫されて、身を隠していたところを、光源氏に見つけられた。
さらに、物語では、この後、夕顔は、光源氏とともに赴(おもむ)いた「なにがしの院」で、命を落とすことになる。
紫式部は、来世があることを信じていなかっただろうが、薄幸の夕顔を慰めるために、来世があるかのように物語を組み立てたものと解する。
最高級の作品に接する
ゲーテは、エッカーマンに、フランス画家の粋な絵を示しながら言う。
ゲーテ「趣味というものは、中級品ではなく、最も優秀なものに接することによってのみつくられるからなのだ。だから、最高の作品しか君には見せない。
(中略)私が、それぞれの種類のうちの最高作を見せるのは、どんな種類のものも軽視せずに、偉大な才能がその種類の頂点を示していさえすれば、どんな種類だって楽しいのだ、ということをわかってもらいたいためだ。」(上一四〇頁)
ゲーテのこの言葉によると、絵画だけでなく、彫刻も、音楽も、さらには文学作品も、最高級の作品に接すること、言い換えると、最高級の偉大な才能に接することが大事である。
私たちは、エッカーマンのおかげでゲーテという大人物の生活と意見に親しく触れている。また、紫式部という天才作家と彼女が書いた最高級の文学作品『源氏物語』に触れている。天才に触れる喜びを、つくづくと嚙みしめる。
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