【前回記事を読む】父は職を奪われ、権力者は弱者を嘲笑った――14歳の少女の怒りが1000年先まで残る物語に変わるまで……

一 『ゲーテとの対話』(上)を読みながら考える

政治という職業

ゲーテ「いちばん合理的なのは、つねに各人が、自分のもって生れた仕事、習いおぼえた仕事にいそしみ、他人(ひと)が自分のつとめを果すのを妨害しないということだ。

靴屋は、靴型の前にいつもいればよいし、農夫は、鋤(すき)を押していればよいし、君主は国を治める術(すべ)を知ればよいのだ。というのは、政治というものもまた、学ばなければならない職業の一つであり、それを理解しないような者が、さし出がましいことをしてはいけないのだ。」(上一三五頁)

光源氏は、子息の夕霧(ゆうぎり)の元服に際して、夕霧の位階を、無理をすれば四位とすることができるのに、それよりもかなり下位である六位とした。

そのうえで、大学寮に入れて、学問をさせることにした。その理由を、光源氏は次のように説明する。

名門の子弟として、官位も思いのままに昇進し、心がおごってしまうと、学問など苦しいことから遠ざかることになる。

世間の人々は、内心では舌を出していながら、表面では上手に追従(ついしょう)する。そうすると、自分もひとかどの人物になったかと錯覚するが、時勢が変わって頼れる人がいなくなると、人々から軽蔑されるのが落ちだ。

当座はもどかしいようだが、学問を基本としてはじめて、世の中で重んじられることになるのだ。

紫式部は、政治を担うにはそれにふさわしい学問が必要だと、明確に意識していたことがわかる。

来世のこと

ゲーテ「不死の観念にかかずらわるのは(中略)上流階級、ことに何もすることのない有閑マダムにうってつけだ。

しかし、この世ですでにれっきとしたものになろうと思い、そのため、毎日毎日努力したり、戦ったり、活動したりしなければならない有能な人間は、来世のことは来世にまかせて、この世で仕事をし、役に立とうとするものだ。

その上、不死の思想などというものは、現世の幸福にかけては、最も不運であった人たちのためにあるのだよ。」(上一三八頁)

光源氏が夕顔の宿に泊まった。明け方近く、隣家から、仏様に額(ぬか)づく、年寄りじみた声が聞こえてくる。