【前回記事を読む】人間の手は、もうひとつの頭脳。木を丹念に触って、手が考えているみたいだ。そこにはサイバーフィジカルの未来のヒントが…?

第六章 ひとりひとりの、小さな旅立ち

カナダ・モントリオール郊外で、ネイビーは満天の星の下、焚火を囲みながら、先住民の古老と若手の政治家や企業家が、まるで神話のように、民主主義について話し合うのを聴いた。

かつてイロコイの祖先は、6つの部族が連邦をつくり、郷土を自治していた。アメリカ合衆国を建国したジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンらは、若者からお年寄りまでが平等な発言権を持つ、イロコイのガバナンスを研究したと言われている。

ネイビーはほかに、ポルトガル・アレンテージョの拠点にも半月ほど滞在した。農場型のお籠り音楽スタジオを持つナジャーは、石造りの巨大な穀物蔵を改造したレコーディング・ブースで、マーシャル製の小ぶりなアンプに腰掛け、シド・バレットがふらっと来て置いていったというギターを爪弾きながら、古びたソファーに寝そべるネイビーに語った。

「世の中で、人間や社会について最も深く考えている職業はなんだろう。おれはミュージシャンが、そのひとつだと思う」

「ここでは、いいアイデアや人間哲学がいっぱい生まれるんだろう」

「ホメロスみたいな歌詞を書くヤツもいるからな。まぁ、仕事の半分はケンカの仲裁だここに来るアーティストは、本気なんだよ」

上顎の前歯が2本抜けた口を開けて、ポルトガルのナジャーが笑った。

奄美、奥能登・珠洲、高知・室戸、信州・伊那谷など、ネイビーが訪れた日本の地域のひとびとは、ウェルビーイングや利他主義といった生き方を、当たり前のように営んでいた。

室戸の小さな集落で古民家オーベルジュを営む夫婦は、元神奈川県在住。夫は電機会社の営業職、妻は食品会社の研究員として働いていた。彼らは移住先の古民家を自らリノベーションして、地元の多様な生産家とのネットワークを粘り強く築き、オーベルジュと料理教室をはじめた。

料理教室では、地元食材の新たな料理を生産者に試食してもらう一方、地元のお年寄りたちからも郷土の調理法を教えていただいた。数年後、近所のひとたちと働ける、オリジナル加工食品の工房を設立。ジンジャーシロップなどの製品は、移住者仲間が構築したオンラインショップで販売している。いまでは日本のみならず、世界各地にもファンを持つ。