第一章 ジンバブエ
ミカ・ホショ
両腕で抱えきれないほど大きな太陽が今、彼方の地平線に沈もうとしている。
とろとろ溶けて、ゆらゆら纏わり付く火炎のなんと豪奢なことか。その荘厳と鮮烈な美、そしてこの森厳な静寂に抱かれていると、一日の仕事の辛かったことも失敗も、病を持つ子供のこと、苦しい家計や全ての世の中の不公平をも一瞬忘れて、幸せな想いだけに包まれる。
全身が溶けて無くなり、無に帰するような感覚に身をまかせていると、太陽は急ぐように遥か草原の彼方に落ちて行こうとする。
「待って。僕の願いをもっと聞いて下さい」
炎の上弦が最後に地平線に消える瞬間、ミカは太陽に向かってそう叫び、ひたすら願い事を唱えて祈る。
自然に宿る神々すべてを呼び込むような落日。最後の輝きに、すがるように、ささやかな願いを叶えてほしいと懇願する。
いつの日か、きっと太陽の恩寵を受ける日がありますように、とひたすら祈る。
沈んだ太陽の後には、ほの暗い静けさが支配する。トウモロコシの葉ずれを聞きながら、太陽こそが神の姿であると確信しているミカは黙然と佇む。
妻のカティアはキリスト教を信じていて、一緒に教会へ行くように誘うが、ミカは自然に宿る神、とりわけ太陽こそが神々の王者だと確信している。
ハラレの町の南にはムバレ地区という黒人居住区があって、いまだに経済的に豊かではない黒人たちはこの地区に住んでいる。
タウンシップとも呼ばれるこの地区には、トタンまたはアスベストの屋根を乗せた日本でいう六畳一間ほどの小さな家ばかりが建て込んでいるが、ミカは仕事を終えるとそこへ帰る。
晴れていて、時間と気持ちに余裕がある時には、ムバレに戻る道すがら、ハラレの西方にあるコピーと呼ばれる小高い丘に立ち寄る。ハラレの町を一望できて、夕暮れには太陽が沈みゆく様を心ゆくまで堪能できるのだ。
両手を腰に当てて胸一杯深呼吸する。その習慣は今も以前も変わらない。が、ミカはあと二年もすれば三十歳になる。
しかも、以前と全く違った状況にある。ミカは失意の渦のまっただ中にいる。
アフリカ民族の寿命は短い。平均寿命は三十代後半だと言われている。貧弱な母胎から生まれ来る嬰児は体が小さくひ弱で、そのうえ発育時に栄養が足りないため、栄養失調で二歳半未満に死んでしまう幼児は三割以上に達する。
成長してからも厳しい自然との闘い、疫病、感染症、特にこの頃はHIVが蔓延していて、最近では毎月四人から五人死んでいるという怖い話も伝わってくる。
男も女も、年寄りも成人も、そして多くの子供がHIVの犠牲者となっている。なんとか成長しても、日々食べるための厳しい労働で、すり減る命は四十歳を越えると、すでに老境に入るといっても過言ではない。
ミカはここまで何とか生きてきたが、実生活は貧困に喘いでいる。まだまだ働かなければならないこんな時に、職を失ってしまったのだ。
生死の際に取り残されて、妻や子を養う責任を思うと、ただただ途方に暮れ、頭の中は空っぽで、為す術もない。
情けない価値の無い一個の人間だが、太陽と対峙している時だけは四~五年前の幸せだった頃の思い出に癒やされる。
実際存在する自分は虚無で、思い出の中の存在が現実であるという、混乱の極みではあるものの、ひととき幸せな思いに浸る。
しかし、現実は、何一つ変わりはしない。以前のように湧き出る力も失せ、物憂く、ぐったりと、握りしめた拳にこうべを垂れ、風の音を聞いている。
こんな状況下で仕事を探すことは九十九パーセント不可能なばかりでなく、殆ど死を意味する。
貧しさの中に取り残された家族が死に直面するような状態で生きることは、さながら地獄だ。
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