桐谷は左手の事務所棟にまっすぐ向かう。そして事務所のドアを開けて元気に挨拶した。

「おはようございます! ナイスホープの桐谷です。人材派遣会社の者ですが、ご担当者様はいらっしゃいますか?」

事務所内がざわついた。40代くらいの作業着の男性が桐谷に近づいてくる。

「……誰とのアポイントですか?」

「いえ、アポイントは取っていません」正直に答えた瞬間、声が爆発した。

「あんた! どうやって中に入ったんだ!!」

事務所中に怒声が轟く。

あっという間に守衛スタッフが駆けつけ、こっぴどく怒られた。

(……やっぱり、勝手に入るのはまずかったか)

桐谷は気を取り直して、今度は守衛がいない大手企業が運営する物流センターに向かった。そこもかねがね契約したいと思っていた見込み顧客だ。

大きな物流センターは、多くの人が出入りしており、派遣の需要がありそうな匂いがする。フォークリフトが何台も行き交い、荷物が山積みされ、作業者は息をつく暇もなく忙しそうだ。

桐谷は営業をかけるべく、パンフレットを持って物流センターの中にズカズカ入っていった。――そのとき、

「キーッ!!」

轟音(ごうおん)と共にブレーキの金属音が鳴り響く。

「お前! 死にてーのか!!」

鋭い怒鳴り声が桐谷の背後から飛んできた。振り返ると、フォークリフトの男性が鬼の形相(ぎょうそう)で睨んでいる。桐谷はフォークリフトに轢(ひ)かれそうになったらしい。

「す、すみません……!」

「お前、こんなところで何してんだ!」

「人材派遣の営業でして、人材が不足していないかと思いまして……」

「お前、見りゃわかるだろ! こっちは猫の手も借りてーんだ。どけ!」そう言って、フォークリフトのエンジン音を唸らせ去っていった。

(猫の手も借りたい……やっぱりここは人が足りていない)

桐谷はその足で物流センターの事務所に向かい、受付の女性に挨拶した。

「ナイスホープの桐谷と申します。人材派遣会社の者でして、現場の方にお聞きしたところ、非常に人手が足りないということで、何かお手伝いできるのではと思い訪問させていただきました。ご担当者様はいらっしゃいますか?」

受付の女性は丁寧に、

「申し訳ありません。あいにく担当者は外出中でして。何かご案内があればお預かりします」

「ありがとうございます。それではこちらのパンフレットと名刺を」

それを渡して桐谷は物流センターを後にした。

次回更新は4月8日(水)、8時の予定です。

 

👉『あした会社がなくなっても』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】初めての夜は独特だった。「男なのに、それで満足できるの?」と聞くと、彼は不思議そうに「男だけ気持ちよくなるのは違う…」

【注目記事】夜、二人きりになった途端に抱きついてきた夫。「一日中、部下に取られていたから…早くおいで」と言って私の手を引っ張り…