「素敵ですね。やっぱお仕事やる気になりますか?」
「ええ。元気貰ってますよ。頑張って稼いできてねって言われてます」言いながら運転手は写真を愛しそうに見やる。
「やぁ、なんかほっこりするな」
嘆息しながら写真を眺めるクロ子とは裏腹に、私の目は写真を数寸ずらしたところに釘付けになっていた。
『頑張って稼いできて……』そんな母子の念により、今まさにメーターが加速度を増して賃料を急上昇させているんじゃないか?
私は資本主義上の家族愛が自分に向けられるのを密かに怖れた。同時にそんな歪な妄想に勤しんでしまう自分に少し引いた。
人間というものは美しいものに出会うと感動し、心奪われる。
しかし場合によっては、何故自分がその美しさを持ち合わせないのかという嫉妬心に駆られかねない。
父……車……私は亡き自分の父を思い出していた。多くを語らない寡黙な父であった。そんな父は機械に強く、手先が器用だった。
小学生の頃、壊れたゲーム機を直してくれたことがあった。黙って工具を持ってきて直し終えると、「直ったぞ」と一言だけ。
その時の父の背中は、『鉄道員(ぽっぽや)』の高倉健みたいだった。
兄は涙目で狂喜乱舞し、直後に、消え去ったゲームデータを目の当たりにして、また涙した。
私はそんな父を影なるヒーロー、クリストファー・ノーラン風にいえば、我が家のダークナイトだと思っていた。
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