⑤「The Man Who Gave The Beatles Away(ビートルズを手放した男)」

ジョン・レノンがマネージャー就任を依頼

ビートルズファンの中でもアラン・ウィリアムズの名前を知っている人は、それほど多くないかもしれません。

ビートルズのマネージャーとしてはブライアン・エプスタインが有名ですが、実は、彼は2代目で初代のマネージャーはウィリアムズだったんです。

1960年5月初旬、ジョン・レノンが、アラン・ウィリアムズにマネージャーに就任してくれるよう依頼しました。

そしてドラマーがいないというので、ウィリアムズが彼らの代わりにトミー・ムーアというパートタイムのドラマーを見つけてきてくれたのです。

ビートルズは、プロとして初めてスコットランドのステージでバックバンドを務めましたが、その仕事を見つけてくれたのもウィリアムズでした。

しかも、僅かなギャラだったためツアーの途中で金を使い果たしてしまったビートルズに、送金までしてくれたのです。

ビートルズは、ネストンという街でナイト・ショーを6回連続で行いました。

これは、スコットランド・ツアー中にウィリアムズが、ビートルズがツアーから帰ってきた後もすぐに仕事ができるよう手配してくれていたのです。

なかなか面倒見がいいじゃないですか。

リヴァプールでのビートルズは、ウィリアムズが経営するジャカランダ・コーヒー・バーで1960年5月30日から12回ステージに立ちました。

もっとも、プロとはいえ、ギャラは、豆を乗せたトーストとコカ・コーラだけでした。

ハンブルクのクラブからオファーがきた

そして、下積み時代のビートルズのキャリア形成にとって欠くことのできないドイツのハンブルク巡業が始まりました。

1960年8月にウィリアムズは、西ドイツ(当時)のハンブルクのクラブからのオファーを受け、ビートルズを派遣しました。

彼らにホテルは用意されておらず、映画館のバックステージで寝泊まりしました。

それもトイレの近くで、毎晩悪臭と寒さに震えながら眠り、映画上映の音で起こされる毎日でした。

 

👉『あなたの知らないビートルズ』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】初めての夜は独特だった。「男なのに、それで満足できるの?」と聞くと、彼は不思議そうに「男だけ気持ちよくなるのは違う…」

【注目記事】夜、二人きりになった途端に抱きついてきた夫。「一日中、部下に取られていたから…早くおいで」と言って私の手を引っ張り…