「本当に。……美咲の学費のためにここに来た。でも今は、ここが私の場所になっています。あなたがいる場所が、私の場所」

雅彦が縁側の手すりに置いたよし子の手に、自分の手を重ねた。大きくて、少し荒れた手。

「ありがとう」

それだけだった。でも、その一言の重さが、胸の奥にじわりと染みた。

(正志とは、こんな話をしたことがなかった気がする。「後悔していないか」なんて聞いてもらったことも、答えたこともなかった)

節子がそこへやってきて、2人を見て「ちょうど良かった」と言った。

「旦那さん、今日の昼は奥さんと2人で食べなさい。従業員の仕事はちゃんとやっておくから」

「節子さん——」

「新婚なんだから、たまには2人で昼飯くらい食べなさいよ。見てる方が恥ずかしいわ」

節子はそれだけ言って行ってしまった。雅彦とよし子は顔を見合わせた。

(恥ずかしいって、節子さんが)

「節子さんが照れている」と雅彦が小さな声で言った。

「珍しいですね」とよし子が返した。

2人で小さく笑い合った。

その日の昼、節子が気遣ってくれた時間の中で、2人でちゃんとした食事を取った。雅彦が「昨日の残りの煮物がある」と言ってきたが、よし子が「新婚なんだからちゃんと作ります」と宣言して、少し頑張った。

煮物は少し醤油が多かったが、雅彦は「おいしい」と言いながら3杯ご飯を食べた。

「3杯も食べてくれたら、もっと頑張ろうという気になります」

「だから3杯食べたんです」

(ずるい。この人、さらっとずるいことを言う)

よし子は呆れながら、でも笑っていた。

新婚の朝は、こうして少しずつ積み重なっていった。些細なことで笑い、些細なことで言い合い、些細なことで温かくなる。それが、2人の日常になっていった。

次回更新は4月2日(木)、21時の予定です。