山道を30分ほど走ると、隣町の温泉街に着いた。藤乃屋の周辺よりは少し賑やかで、土産物屋や食堂が並ぶ通りがある。
「この辺、来たことありますか」
「ありません。旅館と近くのスーパーしか行ってなくて」
「じゃあ、案内します」
(雅彦さんが案内してくれる。ガイドさんみたいだ)
歩き出すと、雅彦はちょうど1人分の距離を置いて並んだ。手は繋がない。(繋いでほしいな、とちょっと思った)よし子は心の中でそう思って、自分で苦笑した。48歳のくせに。
温泉街の商店街を歩きながら、雅彦が土産物屋の饅頭を買ってくれた。
「うちの仕入れをしている店です。温泉饅頭ですが、このへんで一番おいしい」
「へえ。じゃあお土産に美咲に——」
「美咲さんに?」
「ええ、娘に。喜ぶかなと思って」
雅彦が少し考えてから言った。
「では、多めに買いましょう。大輝にも送ります」
(家族みたいなことを言う。大輝さんというのは、この人の息子さんだよね)
「あの、大輝さんって……」
「息子です。東京でシステムエンジニアをしていて。気難しい顔をしていますが、本当はいい子で」
雅彦の顔が少し緩んだ。子供の話をする時の親の顔だ。
(この人にも息子がいて、家族がいて。私と同じ、孤独を知っている人なんだ)
山道の展望台にも寄った。眼下には深い緑の谷間と、白い川。空気が澄んでいて、遠くの山まで見渡せる。
「綺麗……」
「今日は天気がいいから。この時期はまだ雪があって、あそこの山頂が白く見えるんです」
「あそこですか」
2人で同じ方向を見た。肩が少しだけ触れた。雅彦が避けなかった。よし子も、避けなかった。
(こんなにも近くにいる。あたりまえのように、この人の隣に立っている)