【前回の記事を読む】小3の頃に始まった吃音…特に“あ行”が苦手で、「おはよう」「ありがとう」が人よりワンテンポ遅くなる。
誕生から19歳、結婚まで
あれは小学4年生の頃、ついに話すことでのコミュニケーションがとりづらくなったの。言葉がすぐに出てこないのを、男子に真似をされてからかわれてね。朝、いつも通りに家を出たものの……、とうとう学校に足が向かなかった。よく遊んでいた公園のブランコに座って、ただただ時間を過ごしていたの。
そこに「えっちゃん!」って聞きなれた叔母さんの声が耳に入って、驚いた。叔母さんの話ではね、お母さんから「悦子が学校に行っていない」と連絡があって、車の免許を持たないお母さんの代わりに、私を探していたらしいの。叔母さんは、登校拒否なんて珍しい私の話を聞いてくれて。そうして学校に行かず油を売っていた私を、家に送り届けてくれたの。
……家に帰ると、仕事に行っているはずのお母さんがいて(怒られる……!)と思いきや、駆け寄ってきたおばあちゃんに抱きしめられて。崩れるように座り込むお母さんが見えて、おいおい声をあげて泣くおばあちゃんが苦しそうで。……自分のした事の軽率さに、やっと気が付いたんだ。
当時は申し訳なさでいっぱいだったけど、今思い返せばSOSの意思表示。吃音でなくても話をするのが苦手な人はいると思う。なかなか話が進まなければイライラする? そんな人には関わりたくないって思う? 目の前の人に嫌な思いをさせるのが怖い。だから顔色を窺って……だんだん、言葉が死んでいく。
でも気持ちは生きてるんだよ? 本当はちゃんと伝えたい。ほとんどの人は聞こうとしてくれるんだ。言いたいことを察して、先に言ってくれることも。でも(あ、そうじゃなくて……)って思っても、それを伝えるだけの言葉が続かなかったり。すでに話題が変わっていたりすると(まぁ、いいか)と思ってしまうことも、……よくあるの。
それってすれ違ったままにしているわけで、残念……というか嘘をついているみたいで、なんだか心苦しい。そういう想いがあるからこそ、言葉を奪うのではなく引き出したいの。みんな誰しもあるでしょう? 誰になんて言ったらいいかわからない……、言葉にならない気持ちを抱えること。そんな気持ちにも……心を傾けて寄り添える、私でありたいんだ。