これからの生活に心躍らせながら、歴史好きな拓也は、幕末に歴史の舞台にもなった料亭の跡地もこの目でしっかりと確認することができた。
二
新規業務の立ち上げ部隊に東京の商品開発部門からアサインされたのは三人。大手金融機関に長年勤務しているベテラン、いやサラリーマン人生後半に差し掛かっている黄昏時の初老男性社員である。
オフィスビルの四階の小さなスペースで、各々淡々とPCに向かっていた。業務の合間にそこら中に無造作に置いてある段ボール箱の荷解き作業も同時にやりながら。フロアの中心部に位置している畳十畳ほどの広さの部屋には全く窓がなく陽の光は入ってこない。他の部門との共有スペースもないため、あたかも陸の孤島のような雰囲気だ。
たまたまスペースが空いていたということで総務部から、付け焼き刃的にこの場所があてがわれたのである。新規の成長分野として特段注目を浴びているわけでもなく、『万一の有事の際に顧客から預かっている金融資産を守る』というミッションが課されたのである。
東日本大震災を機に日本中で俄かに盛り上がったプランである。大地震、火災、大規模通信障害、それに北朝鮮からのミサイル攻撃などの首都圏有事の際に活躍が期待される役割である。想像上はとても重要な業務、顧客の信頼を勝ち取りかつ企業のプレゼンス向上のためには絶対に欠かせないミッションのように感じる。
しかし、穿った見方をすれば「流行りもの業務の一つ」と言えなくもないし、万一の有事の際などと言っても、先を見据えてどの程度正確な予想ができるのか、皆、半信半疑でこの業務にあたっている。家族を東京に残しているにもかかわらず、その東京が壊滅状態になった際に果たして冷静に業務が遂行できるのか。
三人とも割り切れない気持ちを持ったまま、完全には片付いてないオフィス周りの整理を淡々と行うしかなかった。二週間後には同じ部屋に他部門の担当者が赴任してくる予定になっていて、狭いスペースがさらに狭くなり、合計五人の寄り合い所帯となって、日々の業務を行うことになるのである。
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