【前回の記事を読む】「女石」を踏んだ後、「両性合体石」を踏んで参拝すると縁結びの願いが叶う!? その石はアレの形を表していて…
一
大学時代に九州の田舎町から上京して一人暮らしを謳歌していたはずの拓也だが、流石に五十歳を過ぎて揉み上げ部分に白髪が目立つようになってからの一人暮らしは訳が違う。
二十年余り一緒に過ごした妻と子供たちとの生活に慣れきった後の一人暮らしはそれなりに不安が漂っていた。
特に生活全般のことはほとんど直子に任せっきりであったため、日常生活の基盤となる領域に関してはからっきし頭が回らず、単身者が十分に生活できるようにと直子が女性目線でこまごまとしたものを百円ショップで揃えてくれた。
あと五箱ある段ボール箱の荷解き作業を短パンとTシャツ一枚で黙々とこなしていったのであるが、一旦始めると根詰めてやってしまう性分。時計はもう午後九時を回っていて、カーテンがまだ取り付けられてない窓からは街灯の光が微かに差し込んでいた。
拓也は空腹感と疲労から瞳が緩くなり思わずフロアの上に横になった。少し休憩しよう。そう思った次の瞬間、風船が急速に萎んでいくように全身から力が抜けていった。
天井から昼光色の灯りが差し込む中、みるみる意識が朦朧となり、そのまま眠りに落ちてしまった。
完全に別世界に来てしまった拓也は、今の今まで全く気づいてなかったところに小さなドアがあるのを見つけた。フロアの左奥の部分に小さなドアが。地元の不動産屋の女性従業員と内見に来た時も全く気づかなかったのに、こんなところにドアが ……。
従業員からもこのドアの説明はなかったはずだ。拓也は恐る恐るドアに近づきそっと開けてみた。ドアは音もなくサーッと開き、得体の知れない大きな力で拓也の体は吸い寄せられ、導かれるように中に入っていった。
女性がひとり立っていた。白銀色の光が全身から滲み出ている。拓也は眩しさのあまり咄嗟に両手で顔を覆い、思わず二、三歩よろよろと後退りした。
「こんにちは、初めまして、よろしくお願いします」
女性は拓也の目を優しく見つめ、ゆっくりと一礼し、スーッと近寄ってきた。
スローモーションのようだった。ツルツルした純白のブラウスに、テーパードが程よく掛かったモノトーンの千鳥格子柄パンツを端正に履きこなした女性は
「どうぞ」
と優しく囁きながら拓也にラスクを差し出した。