【前回の記事を読む】50を過ぎての一人暮らしは不安でいっぱいで…「単身者に必要そうなもの」を妻が100円ショップで揃えてくれた。
一
席はほとんどが観光客で埋まっており、相変わらずの混雑ぶりである。席が空くまで十分ほど待っていると、二十歳前後の女子店員が相席なら案内できると言ってきたが、ゆっくりと皿うどんの味を噛み締めながら楽しむことができないし、知らない者同士が顔を突き合わせて食べ物を食べるというよそよそしい空気感に耐えられない。
また、その日は当たり障りのない世間話ができる気分ではなかったので即座に断りを入れる。その後、運よく十分足らずで二人がけのテーブル席が空き、『特上太麺皿うどん』と『青島ビール』を迷わず注文した。
『特上』は『並』と違って肉団子入りのところがお気に入り。『青島ビール』は、以前、ニューヨークのマンハッタンにあるチャイナタウンで飲んでから病みつきになっている。中国料理には欠かせないビールだ。また、バリバリの麺は食事というよりはおやつ感覚になるので、イマイチ気が進まず、専ら柔らかい太麺を好んだ。
青島ビールがうまい具合に体中に回ってきて、周りの空気と少しばかり距離感が出てきた頃、「そう言えば昨夜の女性はいったい誰だったのだろうか? 笑顔が印象的だったし……薄っすらと狐色をしたショートヘアも素敵だった。色のついた夢を見たのはいつ以来だろう? かなり疲れてたんだな。不思議な夢だった」。
拓也は、肉団子の味をゆっくり楽しみながら、昨夜の夢を静かに振り返った。
昼間から冷えたビールを飲み幸せな気分で会計を済ませ店を出ると、出入口の側に黒光りして悠然と座っている立派な狛犬が目に入った。来店客の案内係をしていた四十歳くらいの女性店員にお願いして記念の写真を撮ってもらった。これからこの地で生活するのでいつでも来ることができるのに、もうほとんど観光客気分丸出しである。
女性店員は慣れた手つきで微笑みながらiPhoneのシャッターボタンをタップした。その後、近くのアーケードを小一時間ばかりぶらぶらと見て回った。たくさんの店が軒を連ねており、ここに来れば取り敢えず何でも揃うなと思った。生活口座を開設しているメガバンクの支店やそこそこの規模の書店、百円ショップ、それに電気店も見受けられる。