東横線日吉駅から徒歩五分の場所に、白川洋子の自宅がある。洋子の家族は、父親の白川正一、母親の玲子、妹の美和の四人家族だ。父親は大学教授で国文学の大家だ。日曜の午後だが、白川教授の研究生二人が、家を訪問していた。
「先生、先週、京都の冷泉家の文庫で、藤原定家の自筆書が発見されたそうですね」「私の友人で、和歌文学を研究している久保教授から電話が入った。西暦一二〇〇年頃だが、藤原定家が古今和歌集の注釈書を作っている。平安末期の僧、顕昭の解釈に定家が注を加えたものだ」
「八百年以上も前の、かの有名な藤原定家の自筆発見とは、素晴らしいですね」
「君たち二人も、博士論文として、この注釈書を研究してはどうかね? 定家による同意や批判を細かく加えているらしい」
この研究生二人は、定期的に、白川教授宅を訪問して、文学談義をしている。文学情報の交換の他に、白川洋子に会いに来るのも楽しみの一つらしい。
母親の玲子は、この二人が気に入っている様子だ。
「洋子さん、あの研究生たちは良い人ですね。お父さんは、どちらかの方に、お嫁にもらって欲しい考えです」
「お二方とも優秀ですし、将来立派な教授になられる方だと尊敬します」
「だったら、お付き合いを申し上げたらどうかしら? 優しそうな人の山本さんはどうかしら?」
「お母さん、私は、お婿さんをもらわなくていいの? 妹はその気がないから、お家断絶になってもいいの?」
「お婿さんになってもらえばいいけど、虫の良い話ですよね」
母親は、洋子に、二、三年のうちに家庭を持ってもらいたいと、時おり催促する。
洋子の頭に浮かんでくるのは、この研究生二人、人事課の斎藤さん、総務課の富永さん、の四人くらいだ。
一番積極的にアプローチしてくるのは、斎藤さんだ。富永さんは、気持ちが強い割には、恥ずかしがり屋なので間接話法で攻めてくる。研究生二人は、教授に気に入られて、指名権を獲得しようとしている様子だ。
洋子は、ベッドで時々、自問自答する。
――斎藤さんは、積極的で明るい。家柄も実家は会社経営をしている。背も高く見栄えがする。
しかし、プレイボーイの感じがする。なんとなく不倫をしそうだ。結婚生活も五年くらいしか持たない不安定感がある。
――富永さんは、誠実で正義感はあると思う。しかし、女性に対して煮え切らない感じだ。もっと、男らしく振る舞って欲しい。
――研究生二方は、頭の良い方で、社会的地位や評判は良くなるけど、当面は、家計の財政は苦しくなりそうだなあ。教授夫人にでもなれば、もうけものだけど。
――どこからか、白馬の王子様が現れてこないかしら?
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