バスを降りて周囲を見渡すと、遠くに田園の端があり、そこからはただ道と呼ぶのが相応しいのかわからない道が続いていた。アスファルトとは違う、石や土が舗装もされずにむき出しになったような道だ。

地図アプリで検索をかけてみても、周囲にはあまり目立つようなものはない。大きな施設でいえば、大きな病院と墓地があるようだ。病院の近くに墓地とは、縁起でもない。死んだらすぐに埋葬できますよということか。あまりにばかばかしく、失礼極まりない自分の思考を振り払う。

墓地には人がいなそうなので、とりあえず病院に向かってみることにした。白ヶ丘の次のバスの停留所は『白ヶ丘病院前』だったことが、わずかに記憶の端に蘇ってきた。地図アプリを開くと、徒歩で約三十分。ここで降りたことは失敗だったようだ。

肩を落としても仕方ない。これも遥香に会うためだ。東京の生活に馴染んだせいで失ってしまった体力を絞り出して、白ヶ丘病院まで歩き出した。

延々と続く日陰のない道をただまっすぐに歩き続け、ようやくたどり着いた白ヶ丘病院は、大きな病院だった。外観も立派な白塗りで、この建物だけ別世界から持ってこられたような姿をしていた。

院内に足を踏み入れると、冷房がよく効いていて、汗ばんだ身体が冷えていくのを感じた。全身の毛穴という毛穴から汗が吹き出し、着ていた服をびっしょりと濡らしていたことに、今気づく。これは風邪をひくぞ。

白ヶ丘病院には、入院している患者も多いらしく、あちらこちらで入院着を着た患者や白衣を着た医療従事者が歩いていた。

この中から遥香を探し出すのは難しそうだ。まずは当たりをつけることにする。ここにいるのは、大きく医療従事者、患者、売店や清掃員として働く人間、この三通りに分けられる。そして医療従事者の線は薄いだろう。高校を卒業してからたったの三年では、医療従事者として病院で働くことはできない。そう考えると、患者だろうか。嫌な予感がする。

「そろそろ帰ってきちゃうから」

老婆の言葉が蘇る。そうだ、患者といっても、いろんな患者がいる。そろそろ帰ってくると言えるのは、入院している患者ではないから。ただこの病院に通院をしている患者に過ぎないのかもしれない。毎週水曜日の昼に受診をして、バスに乗って帰ってくる。そして家に着く時間が十四時。

そういうことか。わかった。谷岡先生と老婆の言葉から、遥香の行動スケジュールが頭の中で組み立てられる。点と点が線になって繋がっていくような感覚。靄だった部分が、次々と芋づる式にわかっていくような感覚。気持ちがいい。

次回更新は4月7日(火)、11時の予定です。

 

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