【前回の記事を読む】栄誉ある役職へ推薦を頂き、準備を進めていた。しばらくして、上層部から「そのポストには別の人物が着任した」と伝えられ…
1 「ガバナー」からのその後
④ この間(二〇二二年九月~現在)、(公財)ロータリー米山記念奨学会の常務理事に就任した。
そのキッカケは、二〇二一年一〇月の二五〇〇地区のUTガバナーが開催した地区大会での出来事だ。
その地区大会の基調講演者には私が紹介したH大学のSK教授が来るということで、彼を釧路空港で待ち構えていた。
また、二五〇〇地区には現在も親しく交際していただいているパストガバナーのAK氏もいるが、到着口で一緒に待っていた。
飛行機から降りてきたのは、日本のロータリアンのトップOK氏だった。
OK氏はその地区大会のRI会長代理として来られたのだ。AK氏が待っていたのは、そのOK氏だったのだ。
OK氏とは、この二日間、いろいろなお話をしてご指導をいただいた。
大会二日目のOK氏による基調講演の際、私は最前列に座って聞いていた。
OK氏は、大会会場内、ロータリー会員で満座のなか、壇上からこう切り出された。
「おう、田中君。君の本はなかなか良くできているよ。ただな、一箇所だけ間違いがあるぞ」
「そんなことはないはずだけどな? 校正もだいぶやったしなあ」
「一六一ページのところの数字が間違っているんだ」
「嘘だと思うなら、もっと指摘しようか? 僕は全部読んでいるんだぜ」
すぐ、拙著を調べた。
「間違っている……」
「次回の増刷のときには必ず直します」と答えた。寒冷地の釧路でも冷や汗がでた。
OK氏は凄い記憶力の持ち主だと思った。
翌年三月、OK氏の地元二七八〇地区で開かれるPELSの講師として呼ばれた。OK氏から直接オファーがあったのだ。
OK氏の目の前で、緊張しながら一時間くらい話をしたのち、OK氏の控室を訪ねた。
OK氏は、突然こう話された。
「田中君は、九月から米山の常務理事になりなさい。僕が推薦しておくから」
ただただ、驚いた。
OK氏は二〇二五年の二月に亡くなられた。誠に残念です。