ニクラス・ブレンボーが言うようにホルミシスが地球上の生物の物語の根幹をなしているというのであれば、これが生命の誕生にも深く関わっていたはずである。だが、現在の生命の起源論はホルミシスを十分考慮に入れていない。起源論が迷走しているのはそのためではないだろうか。
また、『人体600万年史』の著者ダニエル・E・リーバーマンが「私たちはまさしく使うか、さもなくば、なくすかの方向に進化した」と述べているが、これこそホルミシス効果である。そうであればこのホルミシスが進化論に組み込まれていなければおかしいであろう。
例えば、ある人が筋トレをして筋肉隆々となったところで、その子供が筋肉隆々で生まれてくることはない。獲得形質は遺伝しないからだ。だが、筋トレをすれば筋肉がついてくるということ自体は機能として遺伝するのだ。ところが、進化論は遺伝子の突然変異と自然淘汰の二つを柱にしており、ホルミシスは明確な形では考慮に入れられていない。
このホルミシスの概念を平たく表現してみると「……にもかかわらずというより、むしろそれだからこそ……」ということになる。ストレスという言葉は日常的には悪い意味の心理的ストレスとして解釈されることが多いが、本論考ではむしろ心身を強化する上で欠かせない刺激という意味で使用していく。
鈴木氏は「生存の危機がないと、人の肉体は機能が低下する。それが老いだ」とも書いている。一見矛盾するものが人体の機能を高めるのだ。だから体に良いとされているものが本当に良いものかどうかわからないし、逆に体に悪いとされているのは本当はそれほど悪くはないかもしれないのだ。
体に良いものは体にとってストレスがかからないためにむしろ体に機能を十分発揮させないだろうし、逆に体に悪いものは体はそれに対抗して機能を高めようとするからだ。だから「体に良いもの」だけを食べていたら、かえって体が悪くなる可能性もあるだろう。