防人(さきもり)の歌
香織が同じ文学部の親友の加奈子に見せたその回文は、彼女が昨日の朝刊に載っていた特集記事を読んでいるうちにふと浮かんだ、ある一つのイメージをもとに創作したものだった。初めての経験にもかかわらず、さほど苦労することもなく一時間ほどで完成した。出来映えも上々に思えた。
ただ、最後を〈琴の音〉としたために、最初の〈常春〉を導く枕詞を無理やり〈音の〉と創作したことは気が引けたが、回文の性格上この程度の“作為”はやむを得ないと自分を納得させた。
その回文を作った時は、季節はすでに、香織と加奈子が大学一年の最後の三月中旬、桜の蕾が芽吹き始めた頃となっていた。
「これ、香織の作品?」
「そうよ」
「へえー、香織にそんな変な才能があったなんて知らなかった」
加奈子がそう言って茶化すと、
「変な……はないでしょう」
香織はそう言いながら、わざとふくれてみせた。
「ごめん。でも、今時そんなことに頭を使うなんて、変人かよほどの暇人かどっちかよ。そんなことに夢中になっているから、香織には彼氏ができないのよ」
「それとこれとは関係ないでしょう。大きなお世話よ。それより、どう? この作品なかなかの傑作でしょう?」
「いったいこれはどんな情景を詠んだ歌なの? よく内容が分からないわ。それに、この歌の主人公はどんな女性なの? もっとも、香織自身じゃないことは間違いないようね。だって、あなたに“隠れた夫”をつくるほどの才覚があるはずないものね」
加奈子はまたしても茶化してみせた。
「あら、分からないわよ。わたしにだって人並みに恋をする権利はあるんだから」