【前回の記事を読む】「戦地で苦労している人がいるのに、のんきに音楽会なんて」お国のために、お国のために……。合唱をすることは非国民?

一年生

六月十九日土曜日、いよいよ『たちばなの夕べ』の日がやってきた。

毎年六月に行われる『夕べ』で、一年生は戦力として期待されてはいない。たった二カ月で歌が上達するわけがないから、舞台の人数を賑わせるだけで充分なのだ。サエさんも朋たちに「邪魔にならない程度に控えめに歌ってください」と申し付けた。だから、初舞台に足が震えるほど不安な朋は、今日はできるだけ目立たないようにしていよう、と決めていた。

しかし、ヤッチンたち音楽部の経験者は演奏会に場慣れしているし、シズちゃんとマコちゃんは歌の才能があるからいつもと様子が変わらない。結局、合唱部のなかで不安そうな顔をしているのは朋一人だけだった。

モンペの普段着からワンピースドレスの制服に着替え、左襟に徽章を付ける。佐々木先生はいつもの国民服で舞台に立つらしい。

二ベルのあとに緞帳(どんちょう)が上がって演奏が始まった。

三部構成の演奏会の第一部は唱歌が中心だった。『夏は来ぬ』『海』『紅葉』『冬の夜』……。今の季節から始まった歌は、季節を順に追ってつづき、滝廉太郎(たきれんたろう)の『花』で終わる。初めは霞んでいた客席も、少しずつ人の顔が見えるようになり、足の震えもしずまった。歌も大きく失敗せずに『赤とんぼ』まで歌い進んで、朋はようやく合唱に集中することができるようになった。

聴衆にもなじみ深い唱歌だったが、多くの人には初めての三部合唱は新鮮で感動的だったらしく、みんな熱心に耳を傾けている。その熱心さは朋にも伝わり、歌うことが心地よかった。初めは不安だった舞台で、歌う楽しさが少しだけ分かった。

第二部は、佐々木先生が一番やりたがっている武田宇作や井上武士たちの合唱曲で、県女合唱部一番の聞かせどころだった。ソプラノ、メゾ・ソプラノ、アルトの音が融けあい、調和して一つのハーモニーになる。

一つのパートがほかのパートを追いかけ、協調して動きをつくる。聴衆は身じろぎもせずに合唱に聴き入っている。みんなで音楽をつくること、合唱することの喜びや感動を、朋は初めて知った気がした。

異なる音を一つに合わせるから美しい音になる。メゾもアルトもいるから音楽が出来上がる。それが合唱の素晴らしさだ。常々、アルトパートはつまらない、と朋は思っていた。美しいメロディーはなく、いつも低い地味な音で、歌の主役になれることはめったにない。しかし、舞台で歌いながら、アルトが曲の気分、感情を作っていることが分かってきた。

主旋律が直接は歌わない楽しい気持ち、寂しい気持ち、悲しい気持ちを主旋律の背後で歌い、ときには高揚する歌の気分を下から押し上げる。アルトが引っ込むと聴衆は主旋律に集中し、聴衆の心を高めたいときはアルトが重層的な響きで歌を豊かに、深いものにする。アルトが曲の心を作っているように思えた。そう気づいた時から、朋は曲の〝心〞を歌うことに集中した。