第三部は童謡、民謡、歌謡曲など色とりどりの歌を楽しく歌う構成で、今年の新曲の『懐かしのボレロ』もここで歌われる。『村祭り』を歌いながら客席の中ほどにいる両親に気づいた。二人の一心に自分を見つめている目が嬉しかった。
第三部では、客席から手拍子が起きるときもあり、最後まで大きな拍手が続いた。アンコール曲を四曲まで貰い、最後は『冬景色』で『夕べ』を歌い納めた。
朋が家に帰ると両親も「よかったよ」と喜んでくれた。
「おまえがあんなに上手に歌うとは思わなかったよ」
両親がこんなに嬉しそうな顔をしたのは久しぶりのように思った。
「どの歌が一番よかった?」
朋の質問に父親は、
「うん、『懐かしのボレロ』」
歌謡曲だったから、少々残念だった。
※
夏休みが来た。朋の家では、夏休みに福岡の父の実家に帰省するのが毎年の恒例だったが、今年は帰らないことにした。朋の部活動があるし、なによりも食糧事情の悪いこの時世に、親子三人で押し掛けるのは気が引けた。
帰省しない代わりではないが、八月一日にヤッチンたちとねずみ島へ海水浴に行く約束をした。雨が多い夏で、天気を心配したが、晴れて暑い、まずまずの海水浴日和になった。
ねずみ島へは汽船に引かれた平たい底の団平船(だんべいぶね)で渡る。日曜日だから混雑していたが、船の二階席は天井がなく、風が吹きすぎて気持ちがいい。波を滑る船の上で潮風に髪をなげていると、陰鬱(いんうつ)な銃後の暮らしが遠ざかっていく思いがする。
ねずみ島の海は美しかった。つややかで、暖かい青色の海が、湾の中央にいくにつれて紺色に変わる。ほとんど波のない海は、ビードロのように滑らかに光っていた。この海を初めて見たのは小学三年生の時で、中国との戦争も始まっていなかったが、その時と海の青さは変わっていない。
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