ヤマブキ

♫『会いたい』(沢田知可子)

沢田知可子の『会いたい』は、死んでしまった恋人に会いたい、と訴える歌だ。花のような優美な声で懇願する彼女の泣き出しそうな歌唱に、もらい泣きしそうになる。

会いたい人は何人かいるが、ふと、祖母に会いたくなった。子供の頃、電車で祖母の家に行ったものだ。

JR飯田線の山吹駅に着くと、ほっとした。あと二駅だ。乗り物に酔う私は、少しでも早く電車から降りたい。山吹駅にヤマブキが咲いていたかは、覚えていない。昨年、友人から送られてきた駅の写真には、プラットホーム脇に一重咲きのヤマブキの群生があった。

重い玄関の戸を開けると、右手の土間に、家畜のスペースがある。茶色の馬と黒っぽい牛が同居する家だった。明治生まれの祖母は、山羊や鶏もいる大所帯で采配を振るっていた。

祖母が私の家に来ることもあった。丸顔にびっしりと刻まれた皺。ごろんと畳に横になって、目を閉じる。核家族の娘の前でだけ見せる、祖母の無防備な姿だった。

買い物から帰ると、濃い黄色の花が目に染みた。緑色の細くしなやかな枝が横に伸びて、枝先の花が麗らかな風に揺れている。このヤマブキは物置小屋の外に咲く。いつからか、小屋の中でも咲いて、隙間から顔を出す。

鷹狩りの途中、にわか雨にあった道灌が、小さな民家で雨具の蓑(みの)を貸してほしいと頼んだところ、出てきた若い娘が何も言わずに差し出したのは、庭に咲いていた一枝の八重山吹。

道灌は意味がわからないまま、怒って立ち去った。その夜、家臣にこの話をすると、『後拾遺和歌集』の兼明親王の歌を教えられた。

七重八重 花は咲けども 山吹の

実のひとつだに なきぞ悲しき

娘は、「実の」に「蓑(みの)」を掛け、蓑ひとつない貧しさや恥ずかしさを、古歌に託したのではないかと、家臣が語った。

道灌は古歌を知らなかったことを恥じて、その後は熱心に詩歌を学び、やがて有名な歌人になったといわれる。『イラストで棠しむ 四季の草花と暮らし』(アフロ・中経の文庫)

ヤマブキの花の情報を探していると、太田道灌の「山吹伝説」に出合う。興味深い話だが、私が釘付けになったのは、杉原梨江子著『偉人の花ことば』(説話社)の「世界の花を贈る記念日」のページだった。

四月二十三日はスペインのサン・ジョルディの日で、男性から女性にバラを、女性から男性に本を贈る日、と説明されている。男女を問わず、本を贈る記念日があると、いい。本選びで心がウキウキする何日かを過ごすことになるだろうから。

洗顔後の自分の顔を鏡に映してみる。心なしか、祖母に似てきている。

「お届け物です」

ダンボール箱を持った人が立っていた。湿らせた新聞紙を取り除くと、ふわふわの細かい葉がぎっしりと詰まっている。

ウコギだ。ヤマブキの花が咲く頃、毎年、実家から送られてくる。子供の頃から好きだった、若葉の季節の味覚が、今年もテーブルに並ぶ。サッと茹でて、鰹節と醬油をかける。今一番会いたい祖母も好きで食べていた姿を思い浮かべながら、ウコギをかみしめた。(令和四年五月三日)

 

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